8ヶ月前までは確かに存在感を放っていた廃墟
これは、私が体験した少し奇妙な出来事です。
実家の近所には、大きな『廃病院』がありました。
ずいぶん古くて、頑丈そうな石造りの建物が数棟。
敷地も広く、中には小さな池や森などもあり、ちょっとした廃墟マニアの私には絶好のロケーションでした。
小学生の頃は、探検や虫取り。
中高生の頃には肝試し。
高校卒業後は地元を離れたので足は遠のきましたが、帰省の際には一人で立ち寄り、廃墟独特の眠っているような空気を楽しんだりしていました。
今年の正月にも、両親に子供を預けて妻と二人で廃墟を散策。
妻は「濱マイクに出てきた診療所みたい」と、まんざらでもなさそうでした。※濱マイク=同名の探偵を主人公とするハードボイルド探偵ドラマのシリーズの総称
そんなこんなで、その廃病院には何回も出入りしましたが、特に怪異と呼べるような体験はこれまで一度もなかったのです。
そして先週末、休みを利用して実家に帰りました。
夕暮れ時に件の廃病院に行ってみたところ、かなり様子が変わっていました。
広大な敷地の周囲にはフェンスが張り巡らされ、中には重機が数台置いてあります。
病院の建物は跡形もなく、鬱蒼とした木立も大半がなくなっているようでした。
半ば呆然としながら周囲をうろついていると、フェンスに小さな看板が見えました。
見ると、『土地区画整理事業』と書かれてあります。
この辺りは近年住宅地として再開発が進んでおり、ここもその一環を成すようです。
それにしても、8ヶ月前まではあれだけの存在感を放っていた廃墟だったのに、人の意志が働くと時間はこうも加速するものなのか・・・。
そんなことを考えながら、蝉時雨(せみしぐれ)の絶えた道筋をたどり、家へと戻りました。
その日の夕食後、父に病院跡地の土地区画事業について尋ねました。
「ああ、あれな。なんでもショッピングセンターになるらしいぞ」
「ショッピングセンター?あそこ病院跡地だよね?」
「それがどうした?」
「そういうのって、何かちょっと気持ち悪くない?」
「そうか?俺は別に気にならないが」
「病院って人が死んでる場所だよ?」
「だからって潰れてから何十年も経ってるんだぞ?」
「そりゃそうだけど・・・」
「まぁ何かと便利になるしな。こっちの人はみんな歓迎してるさ」
父は屈託なく笑ってコップからビールを啜(すす)り、さらにこう言ったのです。
「そうは言っても土地の補償とかで難航したんだろうな。あそこは取り壊してからもう1年近く放ったらかしだしな」
「1年ってことはないよ。正月に行った時はまだ廃墟のままだったから」
「お前、何言ってるんだ?秋からあそこは更地だ。吉森が仕事請けたのが去年の今頃だから間違いない」
その後、母にも確認したのですが、父の言っていることに間違いないとのこと。
これは私の勘違いなのかと思い、妻に事情を説明せずに聞いてみたところ、やはり私の記憶通り「今年の1月に廃墟を訪れたよ」と答えました。
場所を取り違えているのか、はたまた私達の記憶違いなのか。
なんとなく触れてはいけないような気がして、確認しないままに帰宅しました。
ただ、これは断言できるのですが、実家の周辺には他に大きな廃墟はありません。
ならば、1月に私達が彷徨った廃墟は何処にあるのでしょうか・・・。
(終)