田んぼの真ん中あたりで光っていたもの
これは、田舎でお年寄りから聞いた話。
その人の家は豪農で、田植えの時期には手伝いなどで大忙しだった。
毎年、田植えの前には、田んぼ沿いにある山の祠にお供え物を持ってお参りし、豊作を祈っていた。
戦前とのことだったので、70年以上も前になる。
その年もお供え物を持って行き、畦道を一人で帰っていた。
春とはいえ、山村の日没は早く、周囲は薄暗くなっていた。
当時まだ少年だった老人は急ぎ足で帰っていると、田んぼの真ん中あたりで“光るもの”を見た。
「なんじゃろ?ありゃあ」
そう思って目を凝らしていると、どうやら『牛』のよう。
牛が光りながら田んぼの真ん中にいた。
「えらいものを見た!」
何度もコケながら家に帰り着き、前祝で大騒ぎをしている大人たちに見てきたものの一部始終を話すと、宴席は静まり、とりあえず解散となった。
老人も「早く寝ろ」と両親に言われ、宵の口から床に就いたが眠くない。※宵の口=日が暮れて間もない頃
布団の中でぼーっとしていると、隣室から両親の声が聞こえてきた。
「今年は不作かもな」
「前は冷害だったね」
そして、その年は不作だった。
老人はその話をしながら、こう言った。
「結局、あの光る牛の正体はわからなんだし、見ちゃいけんもんだった。でも綺麗だった」
美しいものには毒がある、ということなのだろうか。
(終)