子を亡くした母のような喪失感

滑り台

 

先日、妙な体験をしました。

 

職場が家から近いので、自転車で通勤をしています。

 

そして、小規模な畑と住宅地に囲まれた通勤路の途中には保育園があります。

 

夜になると、20メートル間隔で街灯が立っているだけなのでかなり暗く、帰りが遅くなる日は少し怖いと感じるような道です。

 

ですが、住宅も多く、道も広いので、頻繁に利用していました。

 

その日は20時頃に仕事を終え、アパートに向かって帰路を自転車で走っていました。

 

ところが、3つ目の街灯に差しかかってすぐ、道の向こうから突然「おかあさんだ!」という叫び声が聞こえ、街灯の下にスモックを着た3~4歳くらいの男の子が走り出てきたのです。

 

ギョッとして自転車を止めると、その子は嬉しそうに私の方に駆け寄ってきました。

 

そういえば少し先に保育園があったなと思い出し、お迎えにきたお母さんと勘違いしたんだと気付いたので、「ごめんね、お母さんじゃないよ~」と笑って答えました。

 

しかし、男の子はすごく傷ついた顔をして、じわ~っと泣き顔になり、目には涙をいっぱいに溜めて、無言でぼろぼろと泣き出してしまいました。

 

焦った私は「ごめんね、あそこから来たの?私も一緒に行ってあげるから戻ろうね」と、自転車から下りて保育園まで連れていこうとしました。

 

ですが、男の子は泣きながら涙に震えた声で「おかあさんだよ…」と言うので、なんだか可哀想だなと思いつつも、「違うよ、お母さんじゃないよ~」ともう一度返しました。

 

すると男の子は、保育園の方向へ走っていってしまいました。

 

私は「あっ!」と声を上げて後を追いましたが、保育園の中へ入っていってしまったのか、それっきり姿が見えなくなりました。

 

気がかりでしたが、園内にはまだ明かりがついていたので、先生方の誰かが保護しただろうと思ってそのまま帰路につきました。

 

その日以来、そのことが気になって帰り道でずっと確認していたのですが、ふと帰宅時間には必ず保育園は閉まっていることに気付きました

 

そこで、休日に保育園の前を通りかかった時、門の前を掃除していた職員の方に「ここの保育園は何時までですか?」と聞いてみました。

 

すると、「18時までです」と言われました。

 

私は「20時過ぎまで開いている…なんて日はありませんか?」と尋ねると、「お迎えが遅くなったとしても19時までには閉めるし、そもそもそんなに遅くまではやっていませんよ」と。

 

明かりがついているのを見たこと、そしてスモック姿の男の子のことを話すと、怪訝な顔をされた後に、「最近お迎えが遅れたという話は一切聞いていないし、そもそもうちの園の服装と違いますね…」と言われました。

 

私はとてもそれ以上は聞けず大人しく家に帰りましたが、「おかあさんだよ…」と悔しそうに泣いて言ったあの男の子のことを思い出すたびに、なにか我が子を亡くした母のような不思議な喪失感で胸が痛くなるのです

 

あの子は誰で、なぜ頑なに私をお母さんと言い続けたのか。

 

今でも気になっています。

 

(終)

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