もっとよく見ようと拡大した途端に
私は、あるメーカーの研究所に勤務しているものです。
その研究所がある棟では、“過去に二人の自殺者”が出ています。
夜遅く帰る時にそのことを思い出すのは気持ちのいいものではありません。
そしてこれから語る短い話は、そんな夜遅くに起きました。
私の仕事の一つに、電子顕微鏡観察があります。
試料表面に電子ビームをあてて形態を観察するのですが、対象物が有機物の場合などは往々にして、高倍率にするとビームのエネルギーによって見る間に変形や縮小することがあります。
その時に私が見ていたのは、直径1μm(0.001mm)にも満たない円形のもので、基板に付着した有機物と推測されました。
もっとよく見ようと拡大した途端、付着物は変形を始め、『人の顔』を現し始めました。
穴の開いたようなうつろな目、鼻、少し開いた口。
見る見るうちに口が大きく開かれ、口の中にはきちんと並んだ歯列までが見えました。
顔は断末魔のような恐ろしげな様相となり、そして5秒ほど後には基板に付いたただのシミと化していました。
短いようで長い5秒でした。
私はしばらく凍りついていましたが、とてもこれ以上は仕事を続ける気はありませんでした。
慌てて荷物を片付け、装置を止め、帰途についたことは言うまでもありません。
(終)