葬儀場への配達夜食が一つ多くなる
これは俺が大学生の頃に、地元の友達の家が経営する店でバイトをしていた時の話。
その店は、仕出しもしている割烹屋。
俺の仕事はお客さんが帰った後の片付けと皿洗い、そして配達。
配達は、近所のお寺や葬儀場に弁当や料理を持っていくのが主だった。
お通夜の時の葬儀場への夜食の注文もよくあった。
ただ、なぜかその注文の数をよく間違える。
しかも、必ず一つ多い。
一つ多くなる理由
葬儀場の裏口で、遺族の方から「一つ多いよ」と言われることが結構あった。
注文を受けるのは女将である友達の母か中居さんなので、決して俺のミスではない。
そして配達から戻り、「今日も一つ多かったですよ」と女将さんや親父さんに報告すると、「今までいた家族の分まで頼んじまうんだろう。精進落としだ、食っちまえ」と言われ、大体の夜食の注文は親子丼かうな丼だから有り難く頂く。
それから時は過ぎ、何年か前に俺の父が死んだ。
俺は妻と実家から離れた所に住んでいたので、地元へ戻って葬式をあげた。
お通夜の場所は俺がバイト時代によく配達していた葬儀場で、また代替りして友達が継いだ割烹屋で昼食も夜食も頼んだ。
だが、割烹屋の親父さんがわざわざ配達してくれた夜食が一つ多かった。
夜のロウソク番で残っていたのは俺と妻と母の3人で、妻が注文した時も、確かにうな丼を3つ頼んだのを俺も一緒に聞いていた。
なので、俺は親父さんに「一つ多いですね」と言うと、「○○さん(俺の父)も食いたかったんだなあ」と言っては、そのまま持ち帰った。
そんな親父さんの言葉が、何か俺の心の隅に残った。
そしてその年の夏に実家へ帰った時、その割烹屋に妻と母を連れて食事に行った。
客は俺たち家族だけだったこともあり、俺が来たことを知ると、親父さんも喜んで出てきてくれた。
そして友達と親父さんに一杯つけながら、ワイワイと昔の話をしていた。
すると突然、親父さんが俺にこう言った。
「△△ちゃん(俺)の親父さんの時もそうだったけど、あそこの配達夜食で一つ多いことがよくあったのを覚えてるか?」と。
俺は、「ええ、覚えていますよ。よく俺も有り難く頂きましたから」と答えた。
すると親父さんがさらにこう言った。
「教えてあげるよ。一つ配達で多いのは、この店の常連さんが亡くなった時なんだ」
親父さんが言うには、なぜか男の人の時だけで、女の人の時はそういうことがなかったらしい。
さらに親父さんは言う。
「覚えてるかい?一つ多い時は必ず戻ってきた時に△△ちゃんに塩かけてたろ?きっとこの店の味が恋しくて付いて来ちまってるからやってたんだよ。俺としちゃあ、死んでも食いたいと思ってくれるなんてありがたいけどね」
そういえばそうだった気がする程度で、俺は全然覚えていなかったが、そうだったのかと妙に納得した。
閉店時間を少し過ぎた時間まで飲んで帰ったが、帰り際に親父さんと友達に、「俺が死んだ時も夜食の数は増えるかもね」と言ってみた。
そうすると、「お前の通夜の時は、もったいないから一つ減らして持ってくよ。でもそれだと△△ちゃんは化けて出てきそうで嫌だね」と笑われた。
そして今でも妻からは、「あんたが死んだらきっと食べたがるだろうね」なんて笑われる。
(終)