私には見えない子どもが一人増えた
※文中の名前は全て仮名
これは、数年前に私が体験した話です。
当時の私は保育士として保育園に勤めており、4歳児クラスを担当していました。
その年の8月の初め頃、急にクラスの子どもが一人増えたのです。
それも普通に転園して来たとかではなく、私には見えない子どもが・・・。
それに気が付いた理由は、元からいた子ども達の言動からでした。
サトシくん
初めての異変の日、私はいつものように製作用の机と椅子、そして人数分の材料を並べて子ども達を座らせました。
しかし、一人だけ座らない子がいるのです。
それも悲しそうな顔をして・・・。
私が「アヤちゃん、座らないの?」と聞くと、「座る席がない」と言います。
しかし、席は一人分ちゃんと空いています。
「ここ空いてるよ?」と言うと、「サトシくんが座ってるよ」と言います。
私のクラスには『サトシくん』という子はいませんし、他のクラスにもいません。
違う学年のクラスには一人いますが、その子は園庭でプール遊びをしています。
少し気味悪く思いながらも、「誰も座ってないよ。アヤちゃん座って大丈夫だよ」と伝えると、他の子達も「サトシくんが可哀想だよ。怒っちゃうよ」と言います。
仕方なくもう一つ席を用意して、アヤちゃんはそこに座りました。
それからというもの、サトシくんが普通に存在しているかのような生活が始まりました。
例えば・・・
室内での自由遊びで、男の子が一人で遊んでいるので声をかけると、「サトシくんと遊んでる」と言う。
保護者のお迎えが来て帰る時も、誰もいない部屋に向かって手を振る。
夜に残業をしていると、階段を子どもが駆け上がる音がする。
・・・等々、子ども達があまりに普通に接しているので、こちらも段々と慣れてきました。
ちなみに、給食もサトシくんの分を用意しないと子ども達が怒るので、(さすがに給食室に用意してもらえないので)私の分を分けていました。
しかし、そんな生活はいきなり終わりを迎えます。
8月の終わり頃、いつものようにサトシくんの分も席を用意していると、子ども達が「せんせー、お椅子が一つ多いよ」と言います。
私が「サトシくんの席だよ?」と言うと、「サトシくんって誰?」と返ってきます。
もう訳が分かりませんでした。
サトシくんのことを子ども達は誰も覚えていないのです。
約1ヶ月の間、子ども達が接していた『サトシくん』とは何だったのでしょうか。
実害は全く無いけれど、ほんのりと怖いひと夏の不思議な現象でした。
あとがき
他の職員も、子ども達がサトシくんと遊んでいる様子を見ているので、私の妄想や統合失調症的なことはないとは思います。
子ども達が帰った後の足音や気配も、いつの間にかなくなりました。
(終)