薄暗い時に色鮮やかに見える人間は物の怪だ
夕方になり、山仕事を終えた男は家路についた。
陽も沈んだ辺りは薄暗く、闇夜の一歩手前の逢魔が時という時間帯。
ふと男が前方を見ると、一人の女が近づいて来る。
近所では見かけたことのない女。
絣(かすり)の着物の色が余りに鮮明だったことが、男に父の言葉を思い出させた。
「夕暮れの薄暗い時に、昼日中のように色鮮やかに見える人間は物の怪だ。人間の注意を引くために幻を見せているから、薄暗い中でも着物の柄までよく見える。だが、目の前にいるのは囮(おとり)だ。本当の化け物は、その人間の真後ろにいるものだ」
男は手に持っていた鎌を握り直すと、目を瞑り、渾身の力を込めて自分の背後を薙ぎ払った。
その瞬間、鳥とも獣ともつかない甲高い鳴き声と、木々を揺さぶる音が山中に響き渡る。
男が目を開けてみると、そこには無数の木の葉が散らばっているだけ。
振り返ると、女の姿も消えていた。
この話は20年以上前の私が子供の頃に、読売新聞の読者投稿欄で読んで印象に残っていたもの。
投稿者は確か80代の男性で、その人が子供の時に聞いた祖父の体験談だったから、かれこれ100年以上前の出来事になる。
今から思うと真相は、田舎に遊びに来ていた蛍光染料入りの着物を着用した女性が、山を散策して帰る途中に男と出会う。
驚いたことに男は鎌を手にしたかと思うと、突然暴れ始めた。
これには近くにいたカラスもビックリして、そして女性は変質者が現れたと思って光の早さで逃げたのではないか、という気もするが・・・。
(終)