山から帰ると癌が消えて失くなっていたが・・・
これは、知り合いの奇妙な体験話。
幼馴染みに山へ誘われ、週末を利用して軽い山行に出かけた。
その夜、焚き火を挟んでいると、いきなり打ち明けられた。
癌なのだという。
もうじき再検査をする予定だが、おそらく手術することになろうと医者に言われたのだと。
驚いたが、何と言って励ましたらいいのか、咄嗟に出てこない。
ありきたりの言葉しかかけられない自分を不甲斐なく思いながら、眠りについた。
鬼が俺の腹の中を
深夜、嫌らしい音で目が覚めた。
ピチャピチャという、濡れた物を舐めているかのような音。
隣で寝ている幼馴染みを見て、凍りつく。
小さな子供のような影が彼の上に跨っていた。
手足も何もかも枯れ木のように細く、腹だけがぼってり張り出している。
何かの写真で見た、栄養失調の子供の姿を思い出させた。
影は幼馴染みの腹の中に頭を突っ込んでいるようだ。
ざんばら髪の頭が揺れる度に、ピチャピチャという音が響く。※さんばら髪とは、振り乱れた髪。また、結ってあった髪がくずれて乱れたもの。
まるで金縛りに遭ったかのように、身体が動けなくなっていた。
明け方、不気味な影はいつの間にか消えていた。
恐る恐る幼馴染みを起こしてみると、奇妙にさっぱりした顔で起きてきた。
そして開口一番、夢を見たという。
「鬼だ。鬼が俺の腹の中をガツガツ喰らってた」
絶句した。
「どこか軽くなった気がする。持って行かれたんだろうな」
こう続けられた彼は、しばらく呆けていたらしい。
それ以上の会話も出来ず、二人してそのまま山を下り、別れた。
幼馴染みの小さくなる後ろ姿が、いやに切なく見えたそうだ。
2~3日して連絡があった。
会いたいという。
職場近くの喫茶店で落ち合った幼馴染みは、困惑した顔をしていた。
「山から帰るとさ。癌が、腫瘍が消えて失くなっていたんだ」
しばらく無言で見つめ合った後、「良かったじゃないか」、ようやっとそれだけを口にできた。※ようやっと=本当にやっと
「うん。だけど、もの凄く気味が悪いんだ」
幼馴染みはポツリと言う。
気持ちは何となくわかった。
今のところ二人とも健在である。
ただ、幼馴染みはあれ以来ひどく病弱になり、入退院を繰り返している。
「実はあの時、悪くないところまで喰われていたりしてな」
それでも、そんな軽口を叩けるくらいには元気なのだそうだ。
(終)