どうしても自分のものにしたくて

貸し本屋

 

タレントの伊集院光は怖い話を作るのが好きで、怖い話を作るコツも知っているというが、やっぱり実体験や本当の話には敵わないともいう。

 

この話は、彼が小学校低学年の時までさかのぼる。

 

彼は家の近くにあった『貸本屋』に足繁く通っていた。

 

好きな漫画があったからだ。

 

正確に言えば、その漫画の中の好きなコマがあり、それをどうしても自分のものにしたくなった。

 

悪いことと知りつつも、そのコマをハサミで切り取り、素知らぬ顔で貸本屋に返却した。

 

店員は見た目が70歳を越えたおじいさんだけだし大丈夫だろう、そう思って。

 

案の定、何も言われずに好きなコマの切り抜かれた漫画は返却できたし、その後も何度か店を利用したが何も言われなかった。

 

いつしか貸本屋に通うことがなくなり、数年が過ぎた。

 

小学校の卒業を控えた伊集院少年は、久しぶりに貸本屋の前を通りかかった。

 

『閉店のため本を売ります』

 

店の前にはそんな張り紙がしてあり、そこに表示されている漫画の値段も安かった為、彼は数年ぶりに貸本屋の敷居を跨いだ。

 

店の中には、前と変わらず70越えの老いぼれたおじいさんが変わらずにいた。

 

お目当ての漫画を何冊か会計した後、店を出ようとした時に後ろから声が聞こえた。

 

「全部知ってんだからな」

 

聞こえなかったフリをしてそのまま行ってしまえばいいのに、彼は振り返って「な、何がですか?」と聞き返してしまった。

 

すると、今まで見たこともない老人の鋭い眼孔からは冷たく冷え切った視線が送られていて、老人は続けた。

 

「全部知ってんだからな、お前のやったことも、お前の家の場所も、家族も」

 

(終)

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