川に漂っていた黒くて小さな壺の中から
これは子供の頃、家族で渓流へ遊びに行った時の話。
鮎を釣る算段をする親から離れて、妹と二人で川に入って遊んでいた。
「お兄ちゃーん」
妹が僕を呼ぶと、目の前の水面を指差した。
そこには、どこから流れてきた物か、『黒い小さな壺』が漂っている。
興味を引かれて手を伸ばすと、壺の中から何かが滑り出るのが見えた。
とても小さな、でもズルリと長い、黒い毛に覆われた”獣の手”。
伸ばした手に痛みが走った。
引っ掻かれたと気が付き、パッと手を引っ込める。
傷口を押さえて後ずさる僕の耳に、「フゥーッ!」と唸るような声が聞こえた。
そして壺の口がこちらを向いて、緑に光る二つの点が覗いている。
立ち竦む僕を残して、壺はそのまま下流に流されていった。
後日、その川で漁をしている叔父にこの話をしてみた。
「ほう川壺に出会ったか。しかし運が良かったな。あちらが腹を減らしていたら尻子玉抜かれてたかもしれん」
※尻子玉(しりこだま)|参考
肛門の所にあると考えられた玉。 河童(かっぱ)が好んで抜くといわれたもの。
そう言うと、叔父は僕の父に向かってこう注意した。
「次からは、もう少し下った所の原を使えや。あそこなら何も出ん」
あの時の僕って、実は危なかった!?
それからしばらくの間、僕は夢に出てくる小さな壺にうなされた。
(終)