増水した川から聞こえる呼び声
ある学校の裏手に流れている川。
深さ1メートル、幅3メートル位の小さな川。
ただこれが、大雨や台風の時なんかに大増水して、深さ4メートルに幅6メートル位の濁流となる。
豹変する原因は、少し先にあるもう一つの同程度の川と合流するから。
さらにその先にあるダムがあるせいで、処理量を超えた水が溜まっていき、増水や氾濫するという具合だ。
これは、台風で大雨が降り続けた時の話。
雨脚が弱まり、ようやく止むかもしれないという頃。
まだ暗い朝4時、川の周りに田んぼを持つ人が心配になり、川の様子を見に行った。
雨脚は弱いがまだザーと降り続け、川は増水し、どこともなくゴォーと室外機のような音が聞こえる。
激流となりうねった川から、側の道に時々水が溢れている。
ひとしきり川の様子を見たその人は帰ろうとすると、「おーい」と誰かを呼ぶ声が聞こえた気がした。
不思議に思って辺りを見渡したが、視野が暗い中、人影はおろか動物の気配さえ感じない。
そもそもこんな時間や場所で、音が入り乱れる中、人の声が聞こえるはずなどありはしないと、その人は帰ってしまった。
空が白む5時頃。
その人は日課のランニングで川に来た。
天気や川の様子は相変わらずだが、その人も「おーい」という呼び声を聞いた。
声が気になって声のする方へ向かうと、声が大きくなって、よりはっきりと聞こえる。
しかし、正体を突き止めることは出来なかった。
その人は気味が悪くなり、その場を後にした。
明け方6時頃。
単に川の様子が気になった人がいた。
川に近づくと、「おーい」という呼び声を聞いた。
声のする方へ向かうと、対岸の川岸に『子供の顔』を認めた。
その人は子供が溺れていると思って身を乗り出すが、いくつかおかしいことに気づいた。
子供が笑っているのである。
溺れているのに、そんな余裕はないだろうと思った。
それに、子供の顔はあるのに体が一向に見えない。
うねった川は波を打つため、微妙に水位が上下しているにもかかわらず、まるで浮きのように顔が水位と共に上下する。
しまいには、声こそするが口が動いていない。
そもそも、「おーい」という声にも緊迫感が感じられない。
何の感情もなく、大きな独り言を言っている感じだ。
それらを踏まえて、その人は“アレはこの世の者ではない”と見切りをつけ、踵を返した。
その人がその場を離れる時も、後ろでずっと「おーい」と変わらぬ様子でソレは呼び続けていた。
では一体、なぜこんな話が広まったのか。
それは、ダムから男の子の遺体が上がったからだ。
朝の段階では色々な漂流物に交じってマネキンがあるという話だったが、昼頃に警察の調査でこんな事実が判明した。
遺体には漂流物により付けられた傷がたくさんあり、その子は長い時間そこにいたことを伺わせていると。
よって溺れたことが否定された為、その男の子も前述のソレに遭遇して川に引きずり込まれたのではないか?と憶測がされている。
そして今でも、その川から何かを呼ぶ声がするという話が時々ある。
(終)