その谷地では言葉を喋ってはならない
彼の実家があった山村には、おかしな掟があった。
「○○谷地では言葉を喋ってはならない」というものだ。
なぜなら、その谷地には『ヤツシ』が隠れ潜んでいるからだと。
ヤツシとは、山奥に住む猿のような物の怪で、時折人里近くに下りてくるという。
ヤツシは人の会話を盗み聞くうちに、それを習得してしまう。
言葉を覚えてしまうと知恵がつき、やがて村人に取って代わろうと願うようになる。
そして山に入った者を食い殺し、その姿に化けて村に入り込む。
そう言われていたのだそうだ。
すり替わったヤツシは自分が物の怪であったことすら忘れ、その人物に成りきる。
それが死んでから焼き場で焼かれた後、燃え残った大量の和毛が釜から出てきて初めて、「あぁ、この人はヤツシにすり替わっていたのだな」と気が付くのだと。
「もしかしたら俺、物の怪の血を引いていたりしてな」
彼はニヤリと笑ってそう言った。
(終)
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「そうヤッシナー。
俺の先祖も、物の怪かも知れないヤッシナー」