追いつかれる前に逃げ続ける一家
これは、知り合いの話。
彼がまだ幼い頃、隣の借家に移ってきた家族があった。
同い年の気のいい男の子がいて、あっという間に仲良くなったという。
親しくなった後に教えてもらったのだが、隣家はやたらと引っ越しをしていたらしい。
他所に移る予定など何もない彼が羨ましがると、悲しそうな顔でこう言われた。
「あんまりよくないよ。せっかく友達ができても、すぐに別れることになっちゃうんだし。学校によっても授業の進み具合とか違うしね、勉強も大変だよ。でも仕方ないんだ。追われてるから」
「追われてるって・・・一体何に追われてるの?」
好奇心丸出しで、そう聞いてみた。
「うちってその昔さ、遠くの山奥で神主みたいなことしてたんだって。でも廃村になるから社をたたんで村を捨てたそうなんだ。
そこで祀っていた神様っていうのかな、山の主様がとても怖い神様でね。祀っていないと祟りを落とす暴れ神だったんだって。
だからうちは一所に留まれないんだ。神様、執念深くてきっと追いかけてくるから。
幸い、神様は足が遅いらしい。身体が石とか岩で出来ているって話だから。だから神様に追いつかれる前に、うちは引っ越しをして逃げ続けてるんだ。
内緒だよ。借金取りから逃げてるんだろうって変な噂流されるから」
そう念を押されたので、誰にも話さないと約束した。
一年半ほど過ぎると、隣家は何処かへ引っ越していった。
彼はあの時に聞いた話を誰にも話さず、その友人の記憶も薄れていった。
それから半年ほど経ったある真夜中、彼は目を覚ました。
何だろう、表の方から低い音が響いてくる。
ゴリン・・・ゴーリン・・・。
何か重たい物を引き摺っているかのような音だった。
ぼんやりと寝床の中で聞いているうち、音が隣家の周りを巡っているらしいことに気がついた。
同時に、あの話も思い出す。
音の出所を確認するのは簡単だ。
二階の角にある子供部屋は隣家に面している。
カーテンさえ開ければ、何が隣家の庭に入り込んでいるのか見えるはずだ。
しかし、ベッドから出ることは出来なかった。
その何かを見てしまうのが、ひどく怖かったからだという。
重く低い音はしばらく隣家で響いていたが、そのうちに聞こえなくなった。
翌朝、日が昇ると一番にカーテンを開け、隣の庭を見下ろした。
そこには何の異常も見られず、重たい物を引き摺った形跡もなかった。
家族に聞いてみたが、前夜あの音を聞いていたのは彼だけだったらしい。
「まぁ本当のところ、僕が寝惚けていただけなのかもしれないけどね。でも今でも時々思うんだ。アイツ、まだずっと逃げ続けているのかなぁって」
仕事で知り合った彼は、とある会合でそんな話を聞かせてくれた。
「もう時効だろうし、アイツが今は何処にいるかもわからないしね」
彼はそう言いながら、懐かしそうな顔をした。
(終)