他の部屋とは異なる104号室

アパート

 

もう10年以上前になる。

 

これは俺の地元の大学に、隣の県から進学してきて友人になった吉川の話。※仮名

 

ちなみに吉川の地元は、当時テレビのチャンネルの数も3つくらいしかなくて、それは田舎だったそう。

 

比べてここはチャンネル数がそれなりあったので、吉川はいつも「最高!」と喜んでいたのをよく覚えている。

 

県外から来たので、もちろん一人暮らしを始めることに。

 

大学に自転車で通えるアパートに吉川は暮らしていたが、ある日こんな話を聞いた。

 

「俺のアパートさぁ、ちょっと変」

 

「変?何が変なんだよ?」

 

なんでも、アパートというより吉川の部屋が変なんだと言う。

 

「大家さんが俺の部屋だけフローリングにしたんだよなぁ」

 

そこのアパートは、全室が畳の部屋なんだそう。

 

しかし吉川が住む部屋が104号室と決まった直後に、大家さんが一面フローリングに改装したという。※号室は仮定

 

それも、吉川の部屋だけ。

 

「その時点で「え?」って感じだろ?何かあるんじゃないのかって思うよな?」

 

だが吉川は、こちらに来るまでに地元で心霊的なことは色々と経験しているらしく、まあ何かあるんだろうなくらいの認識で、そのままその104号室に住んでいた。

 

短大通いだから2年で退去するし、家賃も安かったというのもあったんだろう。

 

しかし在学中に吉川から聞いた話は、どう考えてもおかしかった。

 

例えば、いつものようにベッドに入って寝たのに、朝起きたら背の高いキッチンテーブルの上で猫が手足を全部隠して丸くなっている格好で目を覚ましたりとか。

 

寝相は決して悪くないと言うし、夢遊病の気も全くない人間がそんな格好で寝て起きるわけがない。

 

おまけに鉄筋のアパートにもかかわらず、家鳴りは部屋の中からも外からも日常茶飯事らしい。

 

そんな話をたまにしてくれながらも、吉川は104号室に住んでいた。

 

2回生になったある日、吉川は「とうとう首を絞められちまった」とぼやきながら大学に来た。

 

聞けば、数日前から夜眠っていると、何かしらの気配がしてぼうっと目が覚める。

 

日を追う毎に、その気配は徐々にベッドに近づいて来る。

 

そして、とうとうその日は体の上に乗っかられ、首まできつく絞められたとか。

 

話を聞きながら「おいおい…」となったが、それ以上に吉川はたくましかった。

 

首を絞められるその直前まで見ていた夢が、地元で暮らす母に怒られているというものだったらしい。

 

寝ぼけた意識の中、首を絞められているのも母が怒って絞めているんだと思い込んでしまい、つい笑ってしまったという。

 

その直後、手は離れていったらしい。

 

こいつ只者じゃないなと感心しつつ、こいつはきっと大物になると思った。

 

そんなある日のこと、俺は吉川の部屋に、つまりその104号室に泊ることになった。

 

夜になってから向かったので周囲はよく見えていなかったが、街灯で照らされたアパートが目に入った。

 

話には聞いていたものの、アパートを実際見るのはこれが初めてだった。

 

ぱっと見は、よくあるちょっと古めのアパート。

 

部屋に案内されて入ってみたが、別に何がどうこうというのは感じなかった。

 

フローリングは、やはりまだまだ綺麗だった。

 

朝になって吉川は、「いやぁ~ここ最近で一番熟睡できたわ」と嬉しそうだった。

 

俺はというと、寝ている合間合間で部屋の中やら外やらからの、謎の家鳴りの音で何度も起きていた。

 

ただ首を絞められることはなかったので、まあいいやと思いながら朝にアパートを出た瞬間ギョッとした。

 

アパートの敷地内には大家さんの家があった。

 

木造の古い一軒家。

 

その家のあちこちに、魔除けやら何やらの御札が貼りまくられていたのだ。

 

窓にも玄関にも、それはもう思わず顔が引き攣ってしまうくらいに。

 

“何か”が家に入って来ないようにしているのだろう。

 

俺が見てもわかる程に、家が御札で埋め尽くされていた。

 

正直、吉川の部屋に泊まったことより、これの方が怖かった。

 

チリリンと自転車のベルの音がしてその方向を見ると、一人の老人が敷地内で自転車を漕いでいた。

 

この老人が大家さんだとすぐにわかった。

 

フローリング改装の一件を考えても、この大家さんはここに何がいるのかわかっていながら、そのまま淡々と管理人を勤めている。

 

首まで絞めるような”何か”が、あの104号室にはいるのだ。

 

それをわかっていて自分の家だけを御札で守りながら、吉川を104号室に入れた大家さんが怖かった。

 

だが、おそらく世の中にはそんな大家さんは沢山いるのだろう。

 

吉川は無事に卒業してそこを退去したが、その後に入った人のことまでは知らない。

 

(終)

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