嫌な男子に押し付けた事故物件
これは、事故物件にまつわる体験話。
私の実家は、東京郊外でアパートやマンションの部屋を貸して生計を立てている。
そのマンションのある部屋が、いわゆる『曰く付き』の物件だった。
曰くが付いた事情はこう。
随分前に住人の恋人がその部屋の風呂場で亡くなり、隣接する部屋の複数の住人が「男女が争う声が何度も聞こえた」と、当時証言したという。
けれど結局は、持病のてんかんが原因の溺死とされた。
その後、その部屋に住んだ人の何人かが、「変なグニャグニャした灰色の影を見る」、「深夜にバサバサと何かが顔にかかる」など、皆が同じようなことを言って出ていった。
初めは死人が出た噂を聞いたのだろうと思っていたけれど、独身者向けの間取りで、どんどん周囲の部屋も住人が入れ替わり、噂を聞けるような状態ではなくなっても、同じようなことを言って出ていく。
両親はその部屋の借主の入れ替わりにうんざりし、次第に空き部屋でも気にしなくなった。
その頃の私は大学生で、ゼミが同じの男子から友人か恋人と思われているのか、明らかにロックオンされていた。
一々言動でマウントしてくるタイプの男子で、私は全く親しくなりたいとは思わず、本人にも「付きまとわないで」と言ったにもかかわらず、しつこく話しかけてきては嫌味ばかり言った。
彼が怖くて周囲に相談したりもしたけれど、助けてくれる人はいなかった。
私の実家が数物件の大家をやっていると誰かから聞いて知ると、数日間付きまとって家業をバカにした挙句、急にクレクレ君になり、「どこか部屋を安く貸してよ、友達だろ」と言ってきた。
とっさに私は「友達なんだからそうだよね」と、両親に頼んで件の部屋を貸してもらった。
敷金と礼金は無しで、さらに相場より家賃をかなり安めにした。
その代わり、こう念を押した。
「破格の契約にしたんだから長く住んでね。契約満期前に引っ越さないでよ」と。
部屋を見た彼は喜び、快諾してくれた。
その後、よっぽど部屋が快適なのか、その彼はあまり学校に来なくなった。
久しぶりに来ても、「風呂に入っていると誰かが首を掴んでくる」と言って風呂を嫌うようになり、体臭が酷かった。
それに、「あの部屋は何かあったの?」とも聞かれたけれど、「えー知らないよー?たまたま空いていた部屋だから」と、その場は言い通した。
けれど、しばらくして彼は学校を辞めて、夜逃げのように部屋に荷物を残して実家へ帰ってしまった。
満期まで居てね、と念を押したのに…。
でも私と契約したわけでもなく、亡くなった人が出たのは随分前のこと。
それに、私は幽霊なんて信じていない。
そうは言っても一度もあの部屋には近寄らなかったけれど。
彼がいなくなってからは学生生活も快適になり、本当に嬉しかった。
友人も増え、恋人もできた。
それどころか彼の転居以降、その部屋を借りた人も長く居着くようになったとのことで、色々とハッピーだった。
私にとっては本当にありがたい物件で、今でも足を向けて寝られない。
(終)