どす黒い何かが押し寄せてくる余韻

ドアノブ

 

のんびり屋な私は、事態が最悪な状況になるまで気づきませんでした。

 

大学で文学部に所属していた私は、講義が終われば図書館で専門ゼミの勉強をして、苦手な英語の論文をなんとか克服しようとする毎日でした。

 

気がつけば、辺りは真っ暗。

 

閉館時間も間近に迫っているなんてざらです。

 

勉強に付き合ってくれる友達も当然いるわけではなく、いつも一人きりで篭っていました。

 

いたずらに時間ばかりを消費している気がしないでもなく、珍しくその日に限ってたまには気晴らしにどこかへ寄って帰ろう、と図書館を後にしました。

 

人も少なく、閑散としたキャンパス。

 

ふと消しゴムがもうないことを思い出しました。

 

物が手に入りにくい田舎の大学なので、学内の『購買部』に頼るケースが多いです。

 

購買部は造りが古く、いつも暗いので、なるべく利用は避けたいのですが仕方がありません。

 

霊場跡地に造られた、なんて噂があるほど独特の雰囲気があります。

 

そんな話はガセだと笑い飛ばす人もいますが、私は意識せざるを得ませんでした。

 

購買部でとりあえず消しゴムを一つと、それから好物であるスナック菓子を手に取って会計を済ませます。

 

ついでに何か雑誌もないかと一通り目を通しますが、やはりこの雰囲気には勝てず、嫌な気配から逃れるべく急ぎ帰ることにしました。

 

当初の予定ではどこかに寄ってから帰るつもりでしたが、もはやそんな気分ではありません。

 

本館の隅にある購買部を後にして、大学敷地のすぐ隣にある下宿へ帰りました。

 

当分は購買部には近づかない、買い物は友人に頼もう、そう決意させるほどその日の購買部の雰囲気は異様でした。

 

レジ打ちの人は平気なんだろうか?

 

あの怖い雰囲気の中、仕事を続けられる神経に疑問を抱きました。

 

もしかしたら恐怖を感じているのは私だけかも…。

 

でも今日のは尋常ではない…。

 

右肩の後ろには、どす黒い何かが押し寄せてくる余韻がある…。

 

なにか得体の知れないモノが部屋まで来ているんじゃないかと恐怖した私は、晩ご飯をおごる口実で友人を呼び、部屋に泊るよう頼みました。

 

しばらくして訪ねて来た友人を招き入れ、二人で夕食を済ませます。

 

そして私がお風呂へ湯を入れるために洗面所の方へ向かった時に、経験したことのない恐怖に二人が陥れられることになったのです。

 

「逃げるぞ!」

 

突然、友人が叫びました。

 

私は何が起こったか、わかりませんでした。

 

「今すぐに走れ!」

 

玄関まで私の腕を引っ張って、友人が再び叫びました。

 

その時、友人の肩越しに水が滴る長い髪の女性のような姿を見たような気がします。

 

友人は心身共に強く、幼い頃から柔術を習って腕っ節も強いのですが、その友人がガタガタ震えながら大変な慌て振りで靴も履かずに逃げ出します。

 

私は置いていかれないよう焦りながらも、玄関を出たところで部屋の中を見てしまいました。

 

そこには全身がズブ濡れの、肌は緑色に腐った女性が佇んでいます。

 

そしてゆっくりと、こちらに向かって歩いて来ていました。

 

腐った肉片を落としながら。

 

(終)

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