空車のタクシーを止めたつもりが
これは数年前、ある地方の営業所に出張した時の話。
終業後に飲みに連れていってもらい、終電の車内で寝過ごしてしまった。
ホテルまでは2駅だったのでタクシーで帰ることにしたが、なかなかタクシーが捕まらない。
しばらく歩いていると、『空車』のタクシーがこちらに走ってくるのが見えた。
待ってました!と揚々とタクシーを止め、乗り込んでから気がついた。
後部座席の奥にはすでに女性が座っている。
乗り込むまではまったく気がつかなかった。
相乗りか?田舎ではそういうこともあるのかな?と、自分なりに納得した。
運転手に聞かれるまま目的地を告げ、タクシーは走り出す。
横目でチラリと女性を見ると、かなりの美人であることに気がついた。
しかし、なぜかニタニタと薄笑いを浮かべており、気味が悪い。
運転手は多弁な男性であり、色々と話題を振られた。
私も嫌いではないので、それに乗って取り留めもない会話をした。
しかし、運転手は女性に話を振ることはなかった。
それに女性はやけにタバコ臭い。
車内が…ではなく、明らかに女性がタバコ臭かった。
また若い女性にしては珍しく、鞄などを持っている様子がなく、手ぶらのよう。
そんなこんなで15分ほどでホテルに着いたが、女性は何も声を発することなく、また私の方を一度も見ることなく、終始歯茎を見せながらニタニタとしていた。
タクシーから降りた後、閉じたドア越しに車内を見て驚いた。
そこに座っていたはずの女性がいない。
タクシーはしばらく進み、Uターンをして道を引き返していく。
表示板は、また『空車』だった。
(終)