こちらを向いて睨み付ける女性

この話は最近の話なんだけど、

既に引っ越してその場所を離れた。

 

その頃、俺が住んでいたのは、

東京と神奈川の県境にある町。

 

駅周辺は賑やかなものの、

 

少し駅を離れると寂しくなる

っていう場所だった。

 

マンションは小さな山を造成して

作った住宅街にあり、

 

通勤時は鬼のような坂を、

上り下りしなければならなかった。

 

その日、俺は仕事の仲間と

遅くまで飲み歩き、

 

マンションへと続く坂道を

登り始めたのは、

 

AM3時に近かったと思う。

 

ヘロヘロに酔ってる俺には

いつもの坂もかなりキツく、

 

少し休憩しようと思い、

立ち止まってタバコに火を点けた。

 

何気なく進行方向である

坂の上に目をやると、

 

女性の姿が目に入った。

 

出歩くにはかなり深い時間ではあるが、

まぁ俺も人の事は言えねぇし。

 

さして気にも留めなかったのだが、

 

相手はいつまでもこちらを

向いたままの姿勢で、

 

まったく動き出す気配がない。

 

青っぽいワンピースに髪の長い

女性であることは確認出来る。

 

が、蛍光灯の光を

上から浴びているせいか、

 

髪の下にある

表情までは見えない。

 

俺は女性から目を逸らして、

 

眼下に見える町並みを眺めながら、

2本目のタバコに火を点けた。

 

タバコを吸い終える頃には

息切れもだいぶ治まったので、

 

俺は再び坂を上り始めようと、

上を見上げた。

 

「おいおい冗談だろ・・・

まだいるよ・・・」

 

女性は相変わらず、

こちらを向いたまま佇んでいる。

 

「やばいな・・・」

 

毎度の事ながら、

俺の警報装置はいつも発動が遅い。

 

とりあえず足は動くし、

 

ここは駅の方へと引き返すしか

手はないと思い、

 

俺は後ろを振り向いた。

 

総毛立った・・・

 

今まで坂の上に佇んで

こちらを向いていた女性が、

 

俺の目の前にいる。

 

俺の方が上にいるためか、

上目遣いでこちらを睨み付けていた。

 

俺は声も出せないまま、

 

再び振り向き、

懸命に坂を駆け登った。

 

幸いにして、部屋に転がり込むまで

女性の姿も声もなかった。

 

(終)

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