風呂場で撮ったビデオを再生すると
私の弟には、
もうすぐ2才になる
息子がいます。
その子が風呂に入るのを
すごく嫌がるそうなんです。
服を脱がそうとすると
座り込み、
抱き上げて無理矢理に
風呂場へ連れて行っても、
入っている間はずっと泣き通し。
気に病んだ弟が
母親に相談したところ、
「子供なんてそんなもんだ。
そのうち治まるさ」
と、軽くあしらわれて
しまいました。
4人の子を育て上げた
母の言葉の説得力は絶大で、
子煩悩の弟夫婦も、
ひとまず気長に構えることに
したようです。
さて、
そう思い直してみると、
今度は我が子のそんな有様が
面白くなってきました。
泣きながら小さな手足を振り回し、
隙あらば親にしがみ付こうとする仕草が、
なんとも愛おしい。
それで、その一部始終を
ビデオに撮っておこう、
と思い立ちました。
自他共に認める
親バカの弟は、
DVカメラを買って以来、
事あるごとに子供の成長を
記録してきました。
最近では、撮った映像を
パソコンに取り込み、
編集加工するのが
楽しみになっています。
だからこの時も、
映像で記録しておけば
面白いエピソードになるだろう、
弟はそんな風に考えたそうです。
早速、嫁にカメラを持たせて、
風呂場のドアから泣き喚く
子供の入浴姿を撮影しました。
その晩、
子供が眠りについてから、
弟は早速映像をパソコンに移し、
編集作業に取り掛かりました。
再生してみると、
映像は湯煙で曇りがちで、
手振れも多い。
その中から使える部分を取り出して
編集する作業に、弟は没頭しました。
「で、その途中、
妙なもんに気付いたんだよ」
そう言って、弟は
私に動画を見せてくれました。
画面にはワーワーと泣く
子供が映っています。
浴槽でも洗い場でも、
大騒ぎしながら父親にまとわりついて、
なかなか離れようとしません。
が、どの場面でもその顔は、
必ずカメラの方を向いているのです。
洗い場では、弟が
子供の体をぐるりと廻しながら、
正面と背中を洗っています。
そんな時も、
子供は首を無理に捻るようにして、
顔をカメラの方に向けて泣いている。
あたかも、
ある方向から目を背けるように、
何かに怯えているような仕草で。
カメラの反対側には、
シャワーや鏡があります。
鏡は湯気で曇っていますが、
途中一度だけ、
シャワーの湯がかかって
曇りが取れます。
その直後、
子供の泣き顔のアップで
鏡は見えなくなるのですが、
一瞬、そこに何かが
映っているように見えました。
「ここなんだけど・・・」
弟は映像を戻して、
その部分をスロー再生しました。
鏡には少女が映っていました。
長い髪を両側で結んだ、
色白の女の子。
年格好は小学校の低学年
くらいに見えます。
弟も嫁も、
こんな子に見覚えはないそうです。
「俺もこれを見つけた時は
マジでゾッとしたよ。
だけど・・・」
その女の子は鏡の中から
弟の子供の方を見て、
ニッコリと笑っていました。
友達と遊んでいる時のような、
本当に無邪気な笑顔で。
「・・・この笑顔を見てると、
なんだか怖いって気持ちも
薄らいできてさ。
息子のことを友達だって
思ってんじゃないかな・・・」
そう言って弟は少し笑いました。
(終)