鏡の中だけにいる少女 2/2
結婚後しばらくして妻が妊娠し、
しばらく親元に戻ることになりました。
すると、家事をするのも面倒だし、
誰もいない家に一人で居るのも寂しかったので、
私は何かと用事を作って、
頻繁に実家に帰る事が多くなりました。
その日も、実家で夕食を食べ、
そのまま泊まることにしました。
夜中に目が覚めて、
トイレに立ちました。
洗面所で手を洗いながら、
何気なく鏡を覗きました。
廊下の途中の仕切が開いていて、
その向こうの暗闇に、
あの納戸がうっすらと見えていました。
その時、おやっと思いました。
トイレに来る時には、
その仕切を閉めた覚えがあったのです。
振り返ってみると、
やっぱり仕切は閉じています。
しかし、もう一度鏡を見ると
仕切は開いていて、
納戸の白い扉が
闇に浮かび上がるように見えています。
全身が総毛立ちました。
すると、その扉が
少し動いたような気がしました。
その瞬間、
私はナナちゃんの事を思い出しました。
とっさに『ヤバイッ』と思いましたが、
鏡から目を離すことは出来ませんでした。
やっぱり扉は動いています。
もう一度振り返っても、
廊下の仕切は閉じたままです。
鏡の中では、納戸の扉がもう
半分以上開いていました。
開いた扉の向こう、納戸の奥の闇に、
白いモノが浮かんでいました。
これまでにない恐怖を感じながらも、
私はその白いモノを凝視しました。
それは懐かしい少女の笑顔でした。
そこで私の記憶は途切れています。
気がつくと、私は布団の中で
朝を迎えていました。
気味の悪い夢を見た・・・
そう思った私は、
実家にいるのが何となく嫌になり、
その日は休みだったのですが、
すぐに自宅に帰る事にしました。
私の自宅のマンションには、
住民用に半地下になった駐車場があります。
日中でも薄暗いそこに車を乗り入れ、
自分のスペースに停めた後、
最後にバックミラーを見ました。
すると、私のすぐ後ろに、
ナナちゃんの顔がありました。
驚いて後ろを振り返りましたが、
後部座席には誰もいません。
バックミラーに目を戻すと、
ナナちゃんはまだそこに居ました。
鏡の中からじっとこっちを見ています。
色白で長い髪を両側で結んだナナちゃんは、
昔と全く変わっていないように見えました。
恐怖のあまり視線を外すことも出来ず、
震えながらその顔を見返していると、
やがてナナちゃんはニッコリと笑いました。
「こんにちは」
「どうしてあの時、来てくれなかったの?
私ずっと待っていたのに」
ナナちゃんは相変わらす微笑んだまま、
そう言いました。
私が何と言って良いのか
わからずに黙っていると、
ナナちゃんは言葉を継ぎました。
「ねえ、私と今からこっちで遊ぼう」
そして、ミラーに映った私の肩越しに、
こっちに向かって手を伸ばしてきました。
「こっちで遊ぼう・・・」
「ダメだ!」
私は思わず大声で叫びました。
「ごめん。ナナちゃん。
僕は、もうそっちへは行かない。
行けないんだ!」
ナナちゃんは手を差し伸べたまま
黙っています。
私はハンドルを力一杯掴んで震えながら、
さっきよりも小さな声で言いました。
「僕には妻もいる。子供だって、
もうすぐ生まれる。だから・・・」
そこで私は俯いて絶句してしまいました。
しばらくそのままの姿勢で震えていましたが、
やがて私は恐る恐るミラーの方を見ました。
ナナちゃんはまだそこに居ました。
「そう・・・わかった。
○○ちゃんは大人になっちゃったんだね。
もう私とは遊べないんだ」
ナナちゃんは少し寂しそうに
そう言いました。
「しょうがないよね・・・」
ナナちゃんはそこでニッコリと笑いました。
本当に無邪気な笑顔でした。
私はその時、
ナナちゃんが許してくれたと思いました。
「ナナちゃん・・・」
「だったら私はその子と遊ぶ」
私がその言葉を理解出来ぬうちに、
ナナちゃんは居なくなってしまいました。
それっきりナナちゃんは、
二度と私の前に現れることはありませんでした。
二日後、妻が流産しました。
以来、今に至るまで、
私達は子供を作っていません。
現在、私はナナちゃんの事を
弟に話すべきなのか、本当に迷っています。
(終)
ナナちゃんに襲われなかっただけよかった?