ある国立大学の不吉な実験室

これは、

 

私が関東地方のある国立大学で

助手をしていた時に、

 

実際に経験した話である。

 

このようなことが続くと、

 

何事も上手くいかないのが

世の常であるから、

 

今は退職して

別の仕事に就いている。

 

思い出すだけでも

気が滅入る話。

 

私が勤務していた研究室には、

 

なぜか、倉庫としてのみ

使用している実験室があった。

 

国立大学では、

 

一研究室当たりの面積が

決まっているから、

 

限られたスペースを倉庫として

使用するのは変な話である。

 

教授の話によれば、

 

あの部屋で仕事をした

職員や学生に、

 

次から次に

良くないことが起こる。

 

先端科学を扱う研究室で

何を馬鹿な、

 

と思うかも知れないが、

 

あの部屋を実験室にしてから、

 

不吉な出来事が

何回も続いていると言う。

 

まず、

実験していた大学院生が、

 

何事か意味不明のことを

叫びながら、

 

あの部屋から

飛び降り自殺をした。

 

遺書は無かった。

 

長い間、精神科に通って、

投薬治療を受けていたという。

 

次に、

 

深夜に実験していた

まだ若い技官が、

 

その部屋で変死した。

 

死ぬ直前に、

 

実験ノートに意味不明のことが

書き綴られていたと言う。

 

変死扱いで司法解剖されたが、

病死の疑いとのことであった。

 

それ以来、

 

倉庫のはずのあの部屋で

火災報知器が作動したり、

 

無人のはずなのに

 

天井にぶら下がった蛍光灯が

揺れていたりと、

 

色々あったそうである。

 

私が着任して、

走査トンネル電子顕微鏡という、

 

新しい測定装置を

導入することになった。

 

スペースが狭いから、

 

設置するのはあの部屋以外に

都合出来ない。

 

私はオカルトめいたことは

信じないたちだったから、

 

気にせずあの部屋に

 

電子顕微鏡を置いて

実験することにした。

 

そして、

下についた大学院生に、

 

電子顕微鏡で合成繊維を

観察するというテーマを与えて、

 

深夜に実験をやらせていた。

 

深夜の方がノイズが少なく、

きれいな像が撮れるからである。

 

先端科学の世の中にも、

妙なことは起こるものである。

 

しばらくして、

 

徹夜明けの大学院生が

怯え切った表情で、

 

私のところにやって来た。

 

中々きれいな像が撮れないので、

色々と条件を工夫してやってみた。

 

そしたら、ある瞬間、

きれいな像が画面に映って、

 

それがこの写真だと言う。

 

その写真を見ると、

 

「呪」

「死」

 

という文字が、

浮かび上がっているのである。

 

繊維がたまたま「呪」や「死」に

見えるように絡まり合ったと考えるには、

 

それは余りにもきれいな、

 

誰でも読める「呪」と「死」

という文字であった。

 

もう、あの部屋で、

実験するのは嫌だという。

 

これ以外にも、

 

妙なことを多く体験している、

と語り出した。

 

誰かに肩を叩かれたので

振り向いたら誰もいなかっただとか、

 

ふと居眠りをしたら、

 

7階のその部屋の窓を

誰かが叩くので目が覚めたとか。

 

実験しないわけにはいかないから、

何とか実験は続けるように言った。

 

先端科学の研究室である。

 

しかし、その大学院生は、

研究室に姿を現さなくなった。

 

登校拒否はよくあることであるが、

 

長期に及んだので、

彼のアパートへ様子を見に行った。

 

呼び掛けても

返事は無かったので、

 

管理人に事情を話し、

カギを開けてもらった。

 

ドアを開けると、

焼き肉の匂いがする。

 

何でこんな匂いがするのだろう、

と不思議に思いながら、

 

中まで入って、

思わず声を上げた。

 

電気コードを裸の上半身に巻きつけ、

彼は感電自殺していたのである。

 

タイマーで通電するようにセットされ、

 

皮膚とコードの接触する部分が

焼け焦げていた。

 

焼き肉の匂いは、

この焼け焦げた匂いであった。

 

私は初めて匂いで吐き気を覚え、

嘔吐してしまった。

 

さらに、

 

彼の上半身を見て

顔面蒼白になり、

 

怯え切った。

 

上半身にはハッキリと

ミミズ腫れのように、

 

「呪」と「死」の文字が

浮かび上がっていたのである。

 

(終)

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