後ろから付いてくる音
うちの近所で
まことしやかに囁かれている、
マリエというお話です。
オッチャンは焦っていた。
今日も仕事の接待で、
深夜になってしまった。
いつものT字路を曲がると、
そこには古びた神社があった。
ほろ酔い加減のオッチャンには
見慣れた風景だったが、
その日は何かが違っていた。
ぽーん・・・
ぽーん・・・
一定の間隔で
音が刻まれている。
不思議に思いながらも、
オッチャンは歩調を
早めたのだが、
ふと、神社に目をやると、
浴衣を着た
小学生くらいの女の子が、
ボールをついて遊んでいる。
深夜の神社の境内で、
少女がたった一人で・・・。
違和感を感じて
目を凝らすと、
まだ昼間の熱気が残っている
深夜だというのに、
浴衣ではなく
古い着物を着ていたのだ。
あまり深く関わらない方がいい。
オッチャンは薄ら寒いものが
背筋を通り抜けるのを、
感じたのか
感じていないのか、
そのまま神社の前を
通り過ぎた。
ぽーん・・・
ぽーん・・・
音がオッチャンの後ろを
付いて来る。
酒のせいで上がっていた
体温は急速に冷めていき、
今まで掻いていた汗が
冷や汗になるのが分かる。
後ろを振り返ると、
少女が付いて来ていた。
ずっと俯きながら
古風なマリをついている・・・。
その少女の脚は、
前に進んでいるにも関わらず、
全く動いていなかった。
そのまま脚を動かさず、
マリをついている手だけを
動かしながら、
オッチャンに近づいて
来たのだった。
死に物狂いで走る。
息が続かない身体に
ムチを打って走る。
しかし、
その音は確実に
近づいて来ている。
その音がオッチャンの
近くまで来た時、
振り向いてしまったのだ。
ぽーん・・・
ぽーん・・・
すぐ背後に少女がいた。
ずっと俯いていたのだが
ゆっくりと顔を上げ、
吸い込まれそうな
漆黒の眼差しを、
オッチャンのつま先から
膝、腰、胴・・・
そのまま視線を上げながら
首まで来た時、
オッチャンは
まだ暗い明け方に、
道端にぶっ倒れて
気絶していたところを
発見された。
あのまま目が合っていたら
どうなっていたのか・・・。
後日談。
ひとりのバイク乗りが
マリエの話を聞いていた。
地元の峠でも名の知れた
走り屋でした。
CBR600という、
とてつもなく速いバイクを
操る彼は若すぎたのだ。
下りの峠をバイクで
攻め込む時の恐怖は、
並大抵のものではない。
しかし、
それでも速い彼は、
怖いもの知らずと呼ばれた。
その彼が神社の前にいた。
ぽーん・・・
ぽーん・・・
軽快なエンジン音と共に、
この世のものと思えない
不思議な音もそこにあった。
3秒もあれば時速120キロを出す
ことの出来るバイクに乗る彼は、
ソレがバイクには付いて
来れないと高をくくっていた。
アクセルを開ける。
近所の家の窓ガラスが
震えるような咆哮が上がる。
クラッチを繋げる。
古びたアスファルトで
タイヤの表面をちぎりながら、
黒々とマークを付ける。
次の瞬間、
意識ごと身体を置いていきそうな
強烈な加速で、
神社の前から疾走する。
ヘルメット越しなのに、
その音は聞こえてきた。
その音は確実に
近づいて来たのだった。
エンジンの調子が
悪いわけではない。
快調そのものだ。
しかしやがて、
その音がすぐ背後まで
迫って来たのだった。
バックミラーには
何も写っていない。
バイクに伏せながら、
彼は後方を振り返ってしまった。
そこには脚を全く動かさず、
髪を振り乱しながら、
前傾姿勢になって
必死にドリブルをしている
少女の姿があった。
何を祀っているっているかは
よく分からない、
道祖神の横を
通り過ぎたところで、
少女の速度が落ちた。
肩で息をしながら俯いたまま
マリをついていたが、
その姿のままゆっくりと
夜の闇に溶けていったそうな・・・。
(終)