深夜3時の非常階段にて 3/3

非常階段

 

・・・所長の笑い声。

 

なにか、

 

楽しくて楽しくて仕方のないものを

必死で堪えている、

 

子供のような華やいだ

笑い声。

 

『なぁ、Sくん・・・』

 

所長の明るい声が

響きます。

 

『N子んも、Tくんも、

ちょっと・・・』

 

Tくんというのは、

僕のことです。

 

背後で、N子が躊躇する

気配がしました。

 

振り返ってはいけない!

 

警告の言葉は、

 

乾いた喉の奥から

どうしても出て来ません。

 

(振り返っちゃいけない・・・)

(振り返っちゃいけない・・・)

 

胸の中で繰り返しながら、

 

僕はゆっくりと

足を踏み出しました。

 

甲高く響く靴の音を、

 

これほど恨めしく思ったことは

ありません。

 

背後でN子とSが、

 

何か相談し合っている

気配があります。

 

もはや、そちらに耳を

傾ける余裕もなく、

 

僕は階段を下りることに

意識を集中しました。

 

僕の身体は、

 

隠しようがないほど

震えていました。

 

同僚たちの、

 

そして得体の知れない

中年男の囁く声は、

 

背後に遠ざかっていきます。

 

4階を通り過ぎ、

ようやく3階へ。

 

足の進みは劇的に遅い。

 

もはや、

 

笑う膝を誤魔化しながら

前へ進むことすら、

 

やっとの有様です。

 

3階を通り過ぎ、

眼下に真っ暗な闇の底。

 

地面の気配がありました。

 

ほっとした僕は、

さらに足を早めました。

 

同僚たちを気遣うよりも、

恐怖の方が先でした。

 

背後から近づいて来る気配に

気づいたのはその時でした。

 

複数の足音が・・・

 

4人、5人?

 

足早に階段を下りて来る。

 

彼らは無口でした。

 

何も言わず

僕の背中めがけて、

 

一直線に階段を下りて来る。

 

僕は悲鳴をあげるのを

堪えながら、

 

慌てて階段を下りました。

 

階段の突き当たりには、

 

鉄柵で囲われた

ゴミの持ち出し口があり、

 

そこには簡単なナンバー鍵が

掛かっています。

 

気配は、すぐ真後ろに

ありました。

 

振り返るのを必死で堪えながら、

 

僕は暗闇の中、

僅かな指先の感覚を頼りに、

 

鍵を開けようとしました。

 

その時です・・・

 

背後で微かな空気の流れを

感じました。

 

スゥ・・・

 

(何の音だろう?)

 

必死に指先だけで

鍵を開けようとしながら、

 

僕は音の正体を

頭の中で探りました。

 

とても背後を振り返る

度胸はありません。

 

空気が微かに流れる音。

 

呼吸。

 

背後で何人かの人間が、

一斉に息を吸い込んだ。

 

そして・・・

次の瞬間、

 

僕のすぐ耳の後ろで、

 

同僚たちが一斉に

息を吐き出しました。

 

とても明るい声と共に・・・。

 

『なぁ、T。こっち向けよ!

いいもんあるから』

 

『楽しいわよ。ねぇTくん、

これがね・・・』

 

『Tくん、Tくん、Tくん、』

 

『なぁ、悪いこと言わんて、

こっち向いてみ。楽しいぞ』

 

『ふふふ・・・ねぇ、

これ、これ、ほら~』

 

悲鳴を堪えるのが

やっとでした。

 

声は、どれもこれも、

 

耳たぶの後ろ数センチの所から

聞こえてきます。

 

なのに、

 

誰も僕の身体には

触ろうとしないのです。

 

ただ言葉だけで・・・

 

圧倒的に明るく

楽しそうな声だけで、

 

必死に僕を振り向かせようと

するのです。

 

悲鳴が聞こえました。

 

誰が叫んでいるのかと

よく耳を澄ませば、

 

僕が叫んでいるのです。

 

背後の声は、

段々と狂躁的になってきて、

 

ほとんど意味のない

笑い声だけです。

 

その時、

 

手の平にガチャンと

何かが落ちてきました。

 

重くて冷たいものでした。

 

鍵です。

 

僕は、知らないうちに

鍵を開けていたのでした。

 

嬉しいよりも先に、

 

鳥肌の立つような

気分でした。

 

やっと出られる。

 

闇の中に手を伸ばし、

鉄格子を押します。

 

ここを通れば、

 

ほんの数メートル歩くだけで

表の道に出られる・・・。

 

1歩、

 

足を踏み出した、

その時・・・

 

背後の笑い声が

ぴたりと止まりました。

 

そして・・・

 

最初に聞こえた

中年男の声が、

 

低くハッキリ通る声で

ただ一声、

 

『おい!』

 

(終)

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