背後に感じる気配と弱々しい声

バスの運転席

 

私は少し前まで大都市と地方都市を結ぶ高速バスを運転していました。

 

これは、その時に体験していた怪奇な出来事です。

 

いつも最終地の1つ手前のバス停で、よく話かけられるような気がしていました。

 

しかし、誰かがいる気配はするのですが、はっきり聞こえないし、乗客の声が響いてそのように聞こえるのだと思って気にしていませんでした。

 

その日もいつも通りに運行しており、最終地のバス停に向かおうとする時点で2名の女性のお客様しか残っていません。

 

そして1つ手前のバス停を通過する時、コツ…コツ…とヒールのある靴で歩くような足音が聞こえました。

 

車内に残っている2名のお客様は共にカジュアルな服装だった覚えがあったので、あれ?他に誰か乗っていたかな?と不思議に思ったのです。

 

そうして運転席の左後ろ辺りの通路で足音が止まったかと思うと、「あの、次で降ろしてもらえませ・・・」と、囁きのような女性の声が聞こえました。

 

降車場所を乗車中に変えてくださいということは時々あるのですが、ブザーを押せばいいことですし、車内での事故は基本的に運転士の責任になります。

 

私は「危ないので席に座っていただけ・・・」、そう声が出かかったのと同時にミラーに目線を移すと、後ろには誰もおらず、車内は2名のお客様が談笑しているのが見えました。

 

一瞬にして血の気が引くような感覚に陥りましたが、バスを最終地のバス停に無事到着させ、2名のお客様を降ろしました。

 

そして降りられた後に車内を隈なく確認しましたが、もちろん他に誰もいませんでした。

 

その後、その路線を乗務するにつれて、ある一台の特定のバスだけが件のバス停を通る時にだけ、その足音が聞こえることに気づきました。

 

そのバスは私が入社する前に導入されたものなので、事故歴などはわかりませんが、少なくとも当社では人が絡むような事故は起こしていないようです。

 

ただ、そのバスは過去にレンタカーとして使用されていたようで、その時に何かあったかまでは知る由もありません。

 

その車両も老朽化で予備車となり、今では駐車場の隅っこで廃車になるのを待つばかりですが、出勤時に近くを通るといつも視線がそのバスにいってしまいます。

 

気のせいだと思いますが…。

 

(終)

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