別れた女からの連絡 2/2

頭を抱える彼女

 

私は嬉々として部屋を出ようと、

ドアを見て背筋が凍りました。

 

新聞受けが奇妙な形で開いています。

 

造りが新聞を受け取る程度にしか

開かなかったのが幸いです。

 

90度開くタイプだったら、

私はそこに彼女の目を見ていたでしょう。

 

もっと開けようと、

指がもがくのも見えました。

 

『ねえ、入れてよ。

話をしようよ。

 

あんなに愛し合ったじゃない。

もう一度話をしようよ』

 

脳裏に浮かんだのは

長年見てきた笑顔ではなく、

 

先日の恐ろしい形相です。

 

私は布団を頭から被り、

みっとも無いほど震えていました。

 

それでも何時しか

眠ってしまったようです。

 

恐る恐る布団から顔を出して、

 

音を立てないように

ドアの様子を伺いました。

 

新聞受けから赤い筋が、

いくつも垂れていました。

 

カタン。

 

鉄の板が小さく開いて、

何かが投げ込まれました。

 

赤い筋がひとつ増えます。

 

それが何なのか理解したと同時に、

警察へ電話を入れました。

 

肉片でした。

 

彼女は小さくなって部屋に

入って来るつもりなのです。

 

程なくして部屋の外が騒がしくなり、

 

男性の「救急車!」と言う、

叫び声が聞こえました。

 

サイレンの音が聞こえて騒がしさが増し、

 

しばらくして「開けて下さい」という、

男性の声に扉を開けました。

 

本当は開けたくありませんでしたが、

 

男性は警察でしょうから

仕方がなかったのです。

 

私の部屋のドアも床も

真っ赤になっていました。

 

彼女の姿はありません。

 

既に救急車に運ばれていて、

 

警察の方の配慮で会わないように

してくれたようです。

 

発見した時、

 

彼女は自分の指を

食いちぎっていたそうです。

 

部屋はすぐに引き払いました。

 

新しい住まいは、

 

郵便物が建物の入り口にあるポストに

入れるようになっている所を選びました。

 

引っ越した当初はカーテンを開ける度に、

嫌な汗をかいたものです。

 

あの事件から数ヵ月後、

 

彼女が自殺したと、

風の便りで聞きました。

 

ほっとしました。

 

悪いとは思いましたが、

安堵の気持ちが強かったのです。

 

いつしか私の気持ちも落ち着き、

しばらくして新しい彼女ができました。

 

その頃からです。

 

カタン、ぽとん、カタン。

 

不規則な音が聞こえるようになりました。

 

音は玄関の扉の方からします。

 

カタン、ぽとん、カタン。

 

別の場所に越しても、

その音は付いて来ます。

 

私はノイローゼ気味になり、

彼女とは別れました。

 

そうすると音が止んだのです。

 

また時間が経って、

 

あれは気のせいだと思い始めた頃に、

女性と付き合う事になりました。

 

カタン、ぽとん、カタン。

 

カタン、ぽとん、カタン。

 

私は今、一人です。

 

結婚は一生できないでしょう。

 

いや・・・正確に言えば、

 

私は一生一人になる事が

出来なくなったのです。

 

彼女が扉の前で自分を小さく

し続けているのですから。

 

(終)

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