虫好きの僕が蜘蛛を大嫌いになった理由 2/2
そこで何か思い出しそうになり、
T君の薄暗い部屋のイメージが、
頭の中にフラッシュバックしてきました。
でも、はっきりと思い出す前に
記憶の糸がフッと途切れてしまい、
それ以上は思い出せません。
その時に母親が、
「あのマンションは裏手が山だったから、
大きな蜘蛛がたまに出たんだよねえ。
大人の手くらいあるやつ。
あんな大きな蜘蛛、
子供が見たらすごい大きさに
見えるだろうねえ」
と言いました。
その瞬間、
僕の頭の中に幾つかのイメージが
同時に駆け巡り、
気が付くと僕は頭を抱えて
ウゥと唸っていました。
すんでのところで、
叫び声を抑えていました。
T君の部屋で
走り回っている時に転んで、
あのレールのおもちゃの上に
倒れ込む瞬間、
床を叩きながら、
泣いて僕を非難するT君。
T君に、
「どうすれば○○君(私)を許す?」
と聞く、T君のお母さん。
T君のお母さんが、
彼女の手より大きな蜘蛛を掴んで、
僕の口に感触が!
僕の母親は驚いたことでしょう。
僕は逃げるように自分の部屋まで走り、
そのまま布団を被って、
頭の中に蘇ってくるイメージを消そうと、
必死にもがきました。
その日は朝まで眠れずに記憶と葛藤し、
その後の数週間は、
日常生活の合間に蘇ってくる記憶に
苛まれ続けました。
※苛まれ(さいなまれ)
苦しめられ。責められ。
なにしろ、人と会っていても、
いきなり頭を抱えて
呻き始めるわけです。
頭がおかしくなったと
思った人もいたでしょう。
「蜘蛛を食べれば、許す」
「じゃあ、蜘蛛とってくるね」
冗談かと思いきや、
数分も経たぬうち戻ってくる
T君のお母さん。
「廊下に巣を張ってる蜘蛛を
捕ろうと思ってたんだけど、
すごい大きな蜘蛛がいたから
そっちの方を捕って来た」
「うわっ、でっかー!」
「ほ~ら○○君、食べなさい」
今では分かる。
T君の母親は、
本気で蜘蛛を食べさせようと
したわけじゃない。
でも、彼女の目は、
加虐の喜びに満ちていた。
彼女はひとしきり大きな蜘蛛を
僕の口のまわりに擦りつけると、
ひょいと窓から蜘蛛を捨て、
「お母さんに言っちゃだめよ!」
と恐ろしい顔をして言った。
そしてT君にも、
「これで○○君を許してあげなさい!」
と叱りつけた。
これが、
僕が蜘蛛を嫌いになった理由です。
(終)