呪われた六年一組 2/3
答案用紙は配られ、
今は裏返しで机の上に置き、
岩本の「始め」の指示を待つだけである。
その前に岩本は、
一人一人の机を見て回った。
「どうだ。
エンピツは削ってきたか。
・・・ん?」
岩本は内木の机で止まった。
「なんだ、このエンピツは!」
内木は勇気を出して言った。
「た、高橋くんに折られてしまいました・・・」
そう、蚊の鳴くような声で訴えた。
岩本は高橋を見た。
「高橋、本当か!?」
「ええ~ボク知りませんよ~」
うすら笑いを浮かべて、
高橋は否定した。
「じゃ、じゃあ、
牧村くんに聞いてください」
「おい、牧村、
お前知っているか」
内木は牧村を祈るように見つめた。
同時に、クラスの睨む視線が
牧村に集中する。
ここで内木を弁護すれば、
明日から自分も内木と同様に
いじめられる。
そう思った牧村の口から出た言葉。
「知りません・・・」
その言葉を聞いて、
内木の顔から血の気が失せた。
「そ、そんな・・・」
「バカ者!」
バシッ!!
追い討ちをかけるように岩本の平手が
内木の顔に叩き込まれた。
「クラスメートに責任を押しつけるなんて、
最低な行為だぞ!
お前はテストを白紙で出せ!!」
クラス中の嘲笑が内木の耳に響く。
内木の頭の中はもう、
絶望で一杯だった。
そして何事もなかったように
テストは始められた。
筆記用具のない内木には、
答えを書くことができない。
真っ白な答案用紙の裏面を、
ただ見つめていた。
やがて彼はまわりに見つからないように、
折れたエンピツを自分の右手に刺した。
心の中で彼はこう叫んでいる。
「ちくしょう!ちくしょう!
・・・ちっきしょう!!」
声にならない叫びを、
自分の手に叩きつける。
彼の右手は血に染まった。
「ううう・・・」
血に染まった自分の手のひらを、
内木はじっと見つめた。
テストも終え、
その日の授業はすべて終えた。
牧村は内木に合わす顔もなく、
すばやく帰ってしまった。
蛭田たちは岩本に「高橋くんに折られた」
と言った事が気に入らなかったらしく、
内木を袋叩きにするため彼を探した。
しかし、
内木はどこにもいなかった。
まだ机には彼のランドセルもある。
しばらく内木を待ち伏せしていた
蛭田たちだったが、
夕刻を過ぎても内木は現れず、
仕方なく彼らも帰ろうとした。
「今日の分も、
明日やってやればいいじゃん。
帰ろうぜ」
子分二人も、
そのまま蛭田に続いて帰宅した。
その日、
岩本は当直だった。
この小学校は当時まだ教員が交代で、
当直を担当していたのである。
岩本は本日に行った、
テストの採点をしていた。
「阿部・・・75点と・・・ん?」
白紙の答案用紙があった。
しかし、裏面に赤い文字で、
何か記されている事が分かった。
「なんだ?」
岩本は答案を裏返すと息を呑んだ。
そこには血文字で、
こう書かれていたのである。
『みんなころしてやる』
「これは血文字?
内木め、悪ふざけしおって!
明日は灸をすえてやらねばならんな」
やがて校内見回りの時間となったため、
岩本は懐中電灯を片手に、
校内を巡回し始めた。
見回りを始めてしばらく経った頃、
ある一室から物音が聞こえた。
ゴトリ・・・
「なんだ?」
岩本はその一室に入っていった。
理科準備室である。
準備室に入ると何故か、
岩本の持つ懐中電灯は消えてしまった。
スイッチを何度押しても点灯しない。
やむなく彼は、
愛用のジッポライターを着火した。
ボッ
「うわ!」
少し明るくなった室内で岩本が見たもの。
それは、
ヒトの形をした人形だった。
「な、なんだ。人体標本か・・・
驚かせやがって・・・」
そう岩本が安堵した、
その直後だった。
ガタン!!
一つの首吊り死体が
岩本の背後に落ちてきた!
太いロープで自らの首を絞め、
ぶら下がる死体であった。
「げぇ!内木!!」
岩本は驚きのあまり、
思わず持っていたジッポライターを
手放してしまった。
ライターは床にポチャンと落ちた。
何かの液体が撒かれていたようである。
灯油だった。
ボォン!!
「ウギャアアアア!!」
理科準備室は火の海となり、
翌日、内木と岩本の
黒コゲの死体が見つかった。
理科準備室からは、
それから不思議な声が聞こえだした。
『ころしてやる・・・』
『みんなころしてやる・・・』
牧村のクラスでは当然、
その話が噂となる。
休み時間、
牧村はクラスメートとヒソヒソと、
その話をしていた。
「おい牧村、知っているか?
理科準備室から内木の声が
聞こえるらしいぞ」
「うん・・・」
「『ころしてやる・・・』
とか言っているそうだぜ。
オレたち呪い殺されるのかな」
理科準備室から内木の声で
『ころしてやる』と聞いたのは、
一人や二人ではない。
六年一組の人間が何人も聞いていた。
いじめていたのは全員。
牧村も例外ではない。
いつ自分が担任の岩本のように
殺されてしまうのか、
たまらない恐怖であった。
「バカヤロウ!
お前ら何言っているんだ!」
牧村たちの話に蛭田が入ってきた。
彼も少なからず怯えの表情が見える。
「こ、腰抜けは死んだって腰抜けだ。
何もできやしねえよ。ハッハハハ・・」
「ん?」
牧村には蛭田の首に何かが見えた。
「な、何だ?」
目を凝らして見つめると、
それはロープだった。
しかし、蛭田もまわりみんなも、
そのロープに気づかない。
牧村にしか見えないのだ。
ロープは蛭田の首に巻かれ、
その端末は上に伸びている。
そして、
その端末を握っていた者。
不気味な笑みを浮かべて、
ロープを握っていた者。
内木だった。
「うわあ!」
牧村はその光景を見るや、
脱兎のごとく教室から出て行った。
寒くもないのに歯がガチガチと震え、
恐怖のあまり失禁もしていた。
そしてその日、
蛭田は下校中に四トントラックにはねられ、
即死した。
理科準備室からは、
まだ内木の声が微かに聞こえていた。
『ころしてやる・・・』
『みんなころしてやる・・・』
クラスの誰もが口には出さずとも、
思っていた。
次に殺されるとしたらアイツらだ、と。
蛭田の子分だった二人の少年、
高橋と中村。
二人は朝から怯えた表情をしていた。
彼らも蛭田が死んだのを見て、
内木の復讐の呪いが
どれだけ恐ろしいかを知った。
今度殺されるのは自分たちだ。
彼らの冷や汗が止まる事はなかった。
そして、
牧村には再び見えたのだ。
高橋と中村の首に、
ロープが巻かれているのを。
そのロープを笑みさえ浮かべて握る、
内木の姿を。
そしてその日、
高橋はグラウンド整備用の
ローラーに巻き込まれて即死。
中村は清掃の時間中、
三階の窓を拭いている時に転落し、
死亡した。
(続く)呪われた六年一組 3/3