出来る限り早く離れたい場所
自身では霊感など無いと思っていた中高時代。
今では霊感が無いなんて、とてもじゃないが言えそうにないが・・・。
それを説明するのは酷く億劫というより、自分でもどう説明したらいいのか分からないのでここでは割愛させてもらう。
先に言っておくと、僕自身は霊というものが恒常的に見えているわけではない。
というか、むしろ全くと言っていいほど見えないからこそ、自分に霊感が無いなと信じて疑わなかったわけだが・・・。
そんな中での思い出というのか、重いエピソードを紹介しようと思う。
学校に住み憑いているヤバイモノ
当時の僕は県内でも有名な仏教系の高校に入学して、緊張しながらもなんとか学校生活を送っていた。
霊感があるという自覚は無かったのだが、その学校に入ってからは“ある程度は有る”のだと自覚した。
それというのも、霊感があり、多少のモノなら祓う事が出来るC君と知り合ったからだ。
高校は歴史ある仏教校で、なんでも、某宗派のお偉いさんが創設に関わっているとかいないとか。
入学当時、そんな事を生徒手帳に書いてあったのか、または校長のありがたいお話とやらで聞かされたのかで、今でも頭に残っている。
そんな仏教校では、毎朝HRの前に『お経』を読むのが決まりになっていた。
僕らもそれが校則なのだと適当に読み流して読んでいたのだが、入学してから数週間が経った頃、僕はちょくちょく気分が悪くなる事があった。
しばらくして、それには『ある場所』が関係している事に気づいた。
まず、この学校は少々特殊な立地をしていることを説明しなければならない。
歴史ある学校特有なのか、この学校が特殊だったのかはさておくが、旧校舎に新校舎の増築を重ね、学校全体が大きな円形を作るような形で建てられていた。
そして、僕が決まって気分が悪くなる場所というのは、校舎に囲まれた『中庭』だった。
本当に文字通りの意味で中にある庭だったのだが、そこの中央に植えられていた松の木周辺だった。
今でもなんと言い表したらいいのか微妙なところだけれど、とにかくその松の木周辺は『嫌な場所』であり、『出来る限り早く離れたい場所』であった。
そんな事をふと、部活に入って間もない頃に、同じ部活だったC君に言った時だった。
C君「普段全く気づかないなら気づかないで、最初から相手にしていなければ向こうだって手は出さなかったはずなんだけどな」
僕「えっ?もしかして霊的な何かが居るって言うの?僕、少しだけならそういう経験らしき事はあるけれど、ここ、仏教校だよ?」
C君「だからだろ。知識もないヤツがお経読んだって、道端でメガホン持って叫んでるようなもんだぜ?」
お経は本来、向こうで言うチャイムの様な感じのもので、押す家も決めずに「ごめんください」と言っても、関係ないモノが集まってくるに決まっているとC君は言っていた。
C君「そもそも、この構造が呼び込んで逃がさないための檻に見えて仕方ないんだよなぁ」
僕「・・・。でも僕は見えていないし、ただ気持ち悪いなと思っただけだから全然平気だよね?」
段々と怖くなってきた僕はC君に恐る恐る訊いてみるが・・・
C君「○○君(僕)は一歩遅いんだよな。危険域に突っ込んでから危険を感知するって言うのか。普通、見えるヤツはどこまで近づいたらいけないのかくらいは経験則として知っているものなんだけれど」
そんな事を言いながら、C君は制服の内ポケットから一枚の『御札』を僕に差し出した。
C君「とりあえずそれを持ってろ。破れる様ならすぐに言えよ」
御札というものには少なからず縁があった僕は、目が据わっているC君の表情にも圧(お)されて、ただ頷くしかなかった。
数日が経ち、そんな事があったにも関わらず、すっかり忘れてしまった僕は霊感の無い友人に誘われて中庭をバックに記念撮影をした。
現像された写真を見た瞬間に後悔し、C君との会話を思い出した。
友人は、ピンボケしただの逆光で上手く撮れなかっただの言っていたが・・・。
あれは、間違いなく『黒い手』だった。
一本や二本ではなく、中庭全体が黒く変色していて、そこから無数の手が僕の体に巻き付いていた。
しかも、C君から貰った御札の入っていた右胸部分だけを避けて・・・。
その写真を見た後、ふと思い出したように制服に入れっぱなしだった御札を見ようと思って取り出した時、・・・声が出なかった。
貰った時はあれだけキレイだった御札が、いつの間にか黒く煤(すす)けて、まるで火で炙ったみたいに焦げついて穴が開いてしまっていた。
制服に入れっぱなしだったので、火に近づけたこともない。
御札を見た瞬間に、可能性というのか、嫌な確信というのか、予感が僕の中に芽生えていた。
慌てて部活に顔を出し、C君にこの事を伝えると、C君は分かっていたというように、前と全く同じ御札を僕に差し出した。
C君「俺は多少のモノだったら自衛って意味で除けることは可能なんだけどさ、さすがにアレは無理。精々狙われないように身を守るのが精一杯」
この学校には、それほど『ヤバイモノ』が住み憑いていたのだろうか。
僕は興味本位というより、もはや怖くて居ても立ってもいられずに、C君にどんなモノがいるのか尋ねた。
すると、C君は歯切れ悪く、物凄く渋い顔をしながら答えてくれた。
C君「モノっていうか、奴らっていうか。なんかもう、随分と昔からお経に集まって来ては、この籠の中に溜まって、溜まっているうちに溶け合ってひとつのモノになった感じなんだよな」
C君「しかも、良いも悪いも綯い交ぜにしているから、強い怨念とか、殺意とか憎しみとか。そんなものを抱え込んだものまで混ざっていて、もう全体が黒すぎて区別が付けられない」
※綯い交ぜ(ないまぜ)
色々なものをまぜ合わせて一緒になっていること。
僕が無事なのは、血縁で先祖の強い加護を受けている存在がいるからだと、C君はいつの間にか取り出していた塩を僕の肩に降り掛けながら続けて教えてくれた。
写真はC君に渡して今は手元に無いが、二度と見たいとは思わなかった。
(終)