鏡の中だけにいる少女 1/2
私は幼い頃、
一人でいる事の多い子供でした。
実家は田舎の古い家で、
周りには歳の近い子供は
誰もいませんでした。
弟が一人いたのですが
まだ小さかったので、
一緒に遊ぶという感じでは
ありませんでした。
父も母も祖父も、弟が生まれてから
以前ほど私をかまってくれなくなって、
少し寂しかったのだと思います。
とにかくその頃の私は、
一人遊びで日々を送っていました。
私の家は古い田舎造りの家で、
小さな部屋がたくさんありました。
南西の隅には納戸があり、
古い道具や小物が
納められていました。
その納戸に入り込んでは、
仕舞ってある品々を
オモチャ代わりにして遊ぶのが、
当時の私の楽しみでした。
その鏡を見つけたのが、
何時のことだったのかは
ハッキリしません。
もともと手鏡だったようなのですが、
私が見つけたときは枠も柄も無い
むき出しの丸い鏡でした。
かなり古そうなものでしたが、
サビや曇りが殆ど無く、
奇麗に映りました。
そして、これもいつ頃だったのか
よく憶えていないのですが、
ある時、その鏡を覗くと、
私の背後に見知らぬ女の子が
映っていました。
驚いて振り返りましたが、
もちろん私の後ろに女の子など居ません。
どうやらその子は、
鏡の中だけにいるようです。
不思議に思いましたが、
怖くはありませんでした。
色白で髪の長い女の子でした。
その子は、鏡に映る私の肩越しに
こっちを見て、ニッコリと笑いました。
「こんにちは」
やがて私たちは、
話を交わすようになりました。
私は彼女の事を、
ナナちゃんと呼んでいました。
両親は、納戸に籠り、
鏡に向かって何ごとか喋っている私を見て、
気味悪く思ったようですが、
鏡を取り上げるような事はしませんでした。
それに、大人達にはナナちゃんは
見えないようでした。
ある日、私はナナちゃんに、
「一緒に遊ぶ友達がいなくて寂しい」
というようなことを話しました。
するとナナちゃんは、
「こっちへ来て私と遊べばいい」
と言ってくれました。
しかし私が、
「どうやってそっちに行ったらいいの?」
と聞くと、
ナナちゃんは困ったような顔になって、
「わからない」
と答えました。
そのうちナナちゃんが、
「・・・聞いてみる」
と小声で言い足しました。
私は誰に聞くのか知りたかったのですが、
何となく聞いてはいけないような気がして
黙っていました。
それから何日か経ったある日、
ナナちゃんが嬉しそうに言いました。
「こっちへ来れる方法がわかったの。
私と一緒にこっちで遊ぼう」
私は嬉しくなりましたが、いつも両親に
『出かける時は祖父か母へ相談しなさい』
と言い聞かされていたので、
「お母さんに聞いてくる」と答えました。
するとナナちゃんは、
また少し困った顔になって、
「このことは誰にも話してはいけない。
話したら大変なことになる。
もう会えなくなるかもしれない」
というような事を言いました。
私は『それはイヤだ』と思いましたが、
言いつけを破るのも怖かったので、
黙り込んでしまいました。
するとナナちゃんは、
「じゃあ明日はこっちで遊ぼうね?」
と聞いてきました。
私は「うん」と返事をしました。
「約束だよ」
ナナちゃんは微笑んで、
小指をこっちに突き出してきました。
私はその指に合わせるように、
小指の先で鏡を触りました。
ほんの少しだけ、
暖かいような気がしました。
その夜は、なかなか眠れませんでした。
両親にはナナちゃんのことは話しませんでした。
しかし、寝床に入って、
暗闇の中でじっとしていると、
いろんな疑問が湧いてきました。
『鏡の中にどうやって入るのだろう?』
『そこはどんな所なんだろう?』
『ナナちゃんはどうして、
こっちに来ないんだろう?』
『こっちへ帰ってこれるのだろうか?』
そんな事を考えるうちに、
だんだん不安になってきました。
そして、ナナちゃんのことが
少し怖くなってきました。
次の日、私はナナちゃんに
会いに行きませんでした。
次の日も、その次の日も、
私は納戸には近寄りませんでした。
結局、それ以来、
私は納戸へ出入りすることを止めたのです。
月日が経ち、私は町の高校へ行くために
家を出ました。
卒業しても家に戻ることもなく、
近くの町で働き始め、
やがて私は結婚して所帯を持ちました。
その頃になると、ナナちゃんのことは
すっかり忘れていました。
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