人間をついばむカラスはすぐ殺せ(後日談)

カラス

この話の本編はこちら

「とめきっつぁんの葬式は?」

 

「今日明日は無理だろうな」

 

ドスコイ神社からの帰り、父と俺はとめきっつぁんの葬儀の心配をしていた。

 

俺は見ることは叶わなかったが、昨日の夜のうちに父はその凄惨な遺体を見てきたらしい。

 

「葬式には、とめきっつぁんの親戚も来る。お前はもう分かってると思うが、絶対に言うなよ。この部落に住んでいない人間に教える必要はないし、口で伝えるのはダメなんだ」

 

「・・・何で?」

 

「言わせるな。言わなくても分かるだろう」

 

また『口伝は駄目だという口伝』か。

 

くだらない。

 

それでとめきっつぁんは死んだというのに。

 

なんで口伝はダメなんだよ。

 

「きっと理由があるんだ」

 

俺の心の中を見透かしたかのように、父は優しい口調で言った。

 

「家を直さないとな。ガソリンじゃなくて灯油にすればよかった」

 

「最初、父ちゃんだけ逃げたのかと思ったよ。何も言わないで物置に行くんだもの」

 

「馬鹿言うな。お前だけならともかく、母ちゃんもじいちゃんも居たんだぞ。俺だけ逃げられるか」

 

もちろん冗談。

 

もしあの場に父と俺だけしか居なかったとしても、父は逃げたりしなかったろう。

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大きく変わったことがひとつだけある

家に帰ると、駐在さんが玄関口で待っていた。

 

余程イラついているのか、足元には煙草の吸殻が散乱していた。

 

父は駐在さんのことを『赤坊主』と呼んでいた。

 

いつも赤のインナーシャツを着て坊主だからではなく、いや、実際そうだったのだが。

 

何と言うか、控えめに言って、父と駐在さんの仲は最悪だった。

 

「おいこら赤坊主。そこは家の敷地だ。煙草を拾え」

 

父と駐在さんは同級生だと聞いていたが、その日は父の方が優勢だった。

 

前の日の夜、恐怖に駆られ一番早く公民館に逃げ込んでいたのが、あろうことか駐在さんだったからだ。

 

「朝っぱらから何の用だ。仕事しろ」

 

「うるさいよ。俺だってお前の所なんか来たくなかった」

 

駐在さんは煙草を取り出して火を点けると、大きく一回吸って俺に向かって煙を吐いた。

 

俺も駐在さんが嫌いになった。

 

「赤坊主、今すぐ帰るなら許すから、すぐ駐在所に戻れ。昨日、俺の家の中は見せただろう。今さら警察じみた真似するつもりか」

 

「お前はいつだって俺を馬鹿扱いするんだな。俺だってこの部落の人間だ。俺だってとめきっつぁんの死に様は見た。何がとめきっつぁんを殺したかくらい分かってる。お前の親父さんにどうしても聞きたいことがあってな。でも部屋から出てきてくれないからお前を待っていた。それにしてもお前の嫁さんは何なんだ?昨日の事、さっぱり憶えていないじゃないか」

 

「帰れ」

 

駐在さんを言い負かす父は爽快だったが、次第に二人は俺に聞こえないようにコソコソ話をし始めた。

 

父の表情が変わり、俺をちらちらと見て、駐在さんは相変わらず煙を吐いていた。

 

「赤坊主、とりあえず帰れ。俺は見てないから意見は控える。親父には俺から確認する」

 

「そうしてくれ」

 

駐在さんはいかにも不機嫌そうな顔をしていたが、今日の父には勝てないらしく、足元の煙草を足で適当にまとめると、手の平に包んで帰って行った。

 

昼食時になっても、祖父は部屋から出てこなかった。

 

母はというと、情けない話だが本当に昨日の晩の事を憶えていなかった。

 

そうでなければ、母も部屋に篭っていただろう。

 

「本当なのよね?そうでなきゃ、家が焼けているのはおかしいものね」

 

昼食の後、父と俺は林に向かっていた。

 

「林のとこ行くぞ!」と言われたから、てっきり大工の林さんの所へ行くものかと思っていたのだが・・・。

 

「父ちゃん、『林』って林さんの事じゃなかったの?紛らわしい言い方しないでよ」

 

「カラスが出た林の方だ」

 

「探すの?」

 

「確かめるんだ」

 

林の前で、はたと足が止まってしまった。

 

色んな事が重なりすぎて思い出すまで忘れていたが、林の先の森の中には首吊り死体がある。

 

正直、あの臭いはもう体験したくなかった。

 

「珍しく赤坊主が仕事したらしくてな。一昨日のうちに首吊り死体は片付けたそうだ」

 

本当にあの駐在さんが腐乱死体を片付けられたのかは不安だったが、父を信じて林を越えて森に入った。

 

「いいか、真上を探そうとするな。斜め先を見上げるんだ」

 

「分かってるよ。俺だって鳥の巣を見つけるのは得意だったから」

 

強がりを言ったものの、大きくはない森とはいえ、鳥の巣ひとつ見つけるのがどれだけ大変か想像してほしい。

 

その上、昨日の今日でこの森の中だ。

 

物凄く怖いのだ。

 

「カラス、飛んでないね」

 

「あんまり背の高い木はないな。カラスは高い木に巣を作るんだ」

 

「それ、見つけるのって無理じゃないの?」

 

「探して見つけられなかったら仕方ない。探すだけ探してみよう」

 

父に言われた通り、斜め上を注意して探しながら、とうとう黒い巣を見つけた。

 

驚くことに、俺でも背を伸ばせば手の届く高さの枝に、髪の毛の塊があったのだ。

 

「もしかして・・・これ?」

 

もしかしなくてもそれだった。

 

本当に髪の毛だけで作られたその巣の中には、まるで人間が作ったような艶のある漆黒の卵があった。

 

しかも、鶏の卵ぐらいに大きいのだ。

 

「よく見つけられたね」

 

「必死になればな。こうしないと死ぬかも知れないと思えば、意外と出来るもんだ」

 

いつぞや聞いたそのセリフは、その時は何のことか分からなかった。

 

卵は持ち帰った。

 

さすがに家に帰った頃には祖父が部屋から出てきていたが、黒い卵を見るなり「ギャー!!」と叫び声をあげて、また部屋に篭ってしまった。

 

「割るぞ」

 

「割るの?!」

 

「割る。神社の絵に従うなら、この卵を割ってジンカンの最期だ。ガソリンかけて焼け死んだのなら、それに越したことはないが」

 

「・・・。さすがに割るのは怖いね。ジンカンが出てくるかも」

 

父はくすりと笑った。

 

俺が冗談で「ジンカンが出てくるかも」と言ったのが分かっていたから。

 

「この卵が割れていないのが何よりの証拠だな。ジンカンはカラスの卵からは産まれない」

 

「でも中身は気になるね。何が入っているんだろう」

 

父は、まさかのグーパンチで真上から卵を叩き割った。

 

勢い良く割ったのは、きっと父も多少なり怖かったからだろう。

 

「・・・何も入ってないな」

 

「何か入っていても、グーパンで叩き割ったら潰れるでしょ」

 

「いやいや、本当に何も入ってない。ほら、拳もキレイなままだ」

 

その時だ。

 

「ちょっとあなた、廊下に何塗ったの?」

 

母がつま先立ちで茶の間に入ってきた。

 

「廊下にペンキでもこぼしたの?真っ黒なんだけど」

 

父と俺は顔を見合わせて、そういうことかと頷き、母を安心させるためにこう言った。

 

「うん。ペンキをこぼしてしまったんだ」

 

何も臭いはしなかったから。

 

くっさい臭いはしなかったから。

 

その日の晩だ。

 

父はこっそりと教えてくれた。

 

「朝な、赤坊主の野郎が来てただろ。あいつ、『首吊り死体には最初から左腕は無かったのか?』って。もう終わったことだから、じいちゃんには言うなよ」

 

俺は強く頷いた。

 

その夜は、よく眠れた。

 

とめきっつぁんの葬儀は、部落をあげて行われた。

 

とめきっつぁんの親戚も来ていたが、遺体を見せることは決してなかった。

 

彼は『不運な事故』で死んでしまい、今もそういうことになっている。

 

その後、紆余曲折あって、ドスコイ神社のあの絵は描き換えられた。

 

描いたのは、大工の林さんと駐在さん。

 

彼はがさつに見えて、繊細な絵を描くのだと父と感心した。

 

ただ、大きく変わったことがひとつだけ。

 

絵以外は何もなかったドスコイ神社の本殿には、立派な御神体が置かれた。

 

まるで人間が作ったかように美しい、漆黒の卵だ。

 

父と俺が見つけた卵は二つあったから。

 

『口伝は駄目だという口伝』

 

もうジンカンが現れないなら、ドスコイ神社はただの神社になるのだろう。

 

誰も伝えないのだから、きっとそうなる。

 

(終)

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