僕がナナシと体験した中で、

一番気色悪かった話をしたいと思う。

 

幽霊とか死体とかそんなものより、

僕はあの日のことが怖かった。

 

学生生活も残り半年余りとなった頃。

 

その頃すでに僕らは進学組と就職組に分かれ、

それぞれの勉強を始めていた。

 

僕とナナシは進学組、

アキヤマさんは意外にも就職組で、

その頃は次第に疎遠になっていた。

 

「イイの見つけた」

 

その日、視聴覚室にこもって

勉強をしていた僕に、

 

青灰色のボロい本を携えたナナシが、

ヘラヘラ笑って近づいて来た。

 

その本は、どうやら図書館の寄附コーナーから、

ナナシがパクって来たらしい。

 

僕らの地元にあるその図書館は、

木々に囲まれた公園の端に建っており、

なかなか貫禄がある。

 

また、よく寄附本が集まり、

中には黒魔術なんかの怪しい本も集まる。

 

ナナシいわく、

その中にたまにアタリがあるそうだ。

 

「で、それはアタリなわけだ」

 

「アタリもアタリ、大アタリだ」

 

ナナシは笑った。

 

普段はお調子者でヘラヘラして、

クラスの人気者なナナシだが、

 

ある日を境目に、オカルト好きな本性を

見せるようになっていた。

 

「これ、革が違うんだよ」

 

ナナシが嬉々として本の表紙を摩った。

 

僕も触れてみたが、たしかに普通の本より

ザラザラした革表紙だった。

 

「なんだよコレ」

 

聞いてもナナシは答えなかった。

ヘラヘラ笑いながら革を撫でている。

 

そしておもむろに本を開くと、

「さあ、始めようか」と言った。

 

ナナシは僕にあの本を渡すと、

視聴覚室の隅に立つよう命じた。

 

僕は今から何が起こるかもわからないまま、

素直に隅に立った。

 

ナナシは本から切り取ったページを片手に、

すごい早さで黒板いっぱいに文字を書き出した。

 

英語なのか漢字なのかわからないが、

見たことのない文章や図が、

ズラリと並ぶ様は相当薄気味悪い。

 

おまけにナナシは一言も喋ることなく、

まさに一心不乱といった様子でカツカツと、

黒板にチョークを滑らせている。

 

「ナナシ、何だよこれ」

 

ナナシは答えない。

 

やがて書き終えたのか、

ナナシがこちらに向き直る。

 

その顔はいつものヘラヘラした笑顔だが、

何かが違う気がした。

 

「それ、読んで」

 

ナナシが本を指差す。

 

雰囲気からして洋書かと思ったが、

中は意外にも日本語で書かれたものだった。

 

なんと書かれていたかは

今はもう覚えていないが、

 

なんだか意味を成さないような、

不気味なものだったと思う。

 

それでも、怖いもの見たさもあったのか、

僕は書かれた文章を読み上げた。

 

その時、聞き慣れた声がした。

 

「あんたたち何してんの?」

 

窓枠に寄り掛かり僕らに声を掛けてきたのは、

他ならぬアキヤマさんだった。

 

「面白そうじゃない、あたしも混ぜてよ」

 

窓枠に足をかけ、中に入ろうとする。

 

怪しい行為をしていた最中だったので、

ちょっと僕もビビッたが、

 

久しぶりにアキヤマさんと話せることが嬉しくて、

僕はアキヤマさんに駆け寄った。

 

その時、「アブないぞ、ソレ」

ナナシがアキヤマさんを指差した。

 

そのナナシの物言いにカチンときた僕は、

ナナシに抗議した。

 

「ソレってなんだよ、おま・・・」

 

「よく見ろよ、ソレはどっから来た?」

 

「どこって窓からに決まって・・・」

 

そこで、めちゃくちゃ遅ればせながら気付く。

 

ここは視聴覚室。 

・・・3階だ。

 

コレはアキヤマさんじゃない。

 

そう気付いた瞬間、

ソレは酷く歪んだ笑顔で

体をクネクネさせながら、

僕に近づいて来た。

 

白目に赤い筋がたくさん浮かび、

それでも口元は笑っている。

 

「うぁあぁあぁあ!!!!!!」

 

僕は無我夢中でソレを払いのけ、

外に押し込み、窓を閉めた。

 

途端、けたたましいくらいに

ガラスを叩く音がする。

 

・・・内側から。

 

「ナナシ!!!ナナシ!!」

 

僕は半狂乱になりながらナナシを呼んだ。

ナナシなら助けてくれる、と漠然に思った。

 

でも、ナナシは僕を見て笑っていた。

 

「ははははは!!最高だよお前!!!!!」

 

僕は本気でナナシに殺意を抱いた。

 

気がついた時、僕は汗だくになって

床にヘタリこんでいた。

 

ナナシが自分のTシャツで、

汚いものを拭くかのように

僕の顔を拭っていた。

 

「結局、あの本は何だったんだよ」

 

叫び過ぎて掠れた声で、

僕はナナシに聞いた。

 

ナナシはヘラっと笑うと、

「降霊術みたいなもんさ」と言った。

 

「会いたいものを呼び出せる、

呪文と方位が載ってる。

 

さすがに犬皮使ってる本だから、

ヤバそうだとは思ったけど。

いろんなヤバイモンが詰まってるよ、コレ」

 

ナナシは笑って言った。

 

「俺じゃなくて、本持ってたお前の

会いたいやつが出て来たのは誤算だったな。

まあ、中身は違うけど。お前、

よっぽどアキヤマに会いたかったんだな」

 

ナナシはそう言うと、またヘラヘラ笑いながら

本を抱えて歩いて行った。

 

ちょうど下校の鐘が鳴って、

僕もナナシの後を追う。

 

前を歩くナナシの背中を見ながら、

僕は思った。

 

『いろんなヤバイモンが詰まってるよ、コレ』

 

『俺じゃなくて、本持ってたお前の

会いたいやつが出て来たのは誤算だったな』

 

そこまでしてナナシは、一体、

何を呼び出したかったんだろう?

 

その答えを知ることになるのは、

もう少し先の話。

 

(終)

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