ナナシ 2/2

するとそこには、

『人間だったもの』があった。

 

「うぁあぁあぁあっ!!!」

 

僕は大声を上げてヘタリこんだ。

 

玄関先には女の人が倒れていて、

這いずるように俯せている。

 

その体の下からは、

夥しい量のまだ生々しい赤黒い血が、

水溜まりのようになっている。

 

僕はガタガタ震えながら、ナナシを見た。

 

でも、ナナシは、

「あはははははははははははは!!!!!!」

笑っていた。

 

僕はナナシが発狂したのかと思ったけど、

そうじゃなかった。

 

「見ろよ!!これが人間の業なんだよ!!

ラクになりたくて死のうとしたって、

死ぬことにまだ苦しむんだ!!

 

この女、2日も前に腹を

かっさばいたんだぞ!!2日だぞ!!

 

2日も死ねなくて、

痛い痛いって死んだんだ!!

 

『痛い苦しい助けて』って、

声も出ないのに叫びながら

死んだんだよ!!!!

 

死にたくなって腹を切ったのに、

死にたくないなんて、

わがままもいいとこだ!!」 

 

ナナシが早口でまくし立てる。

 

僕は死体よりも血よりも何よりも、

ナナシが凄く怖かった。

 

「死にたくないなら死ぬんじゃねぇよ!!!!

死にたくなくても死ぬんだから!!!!

馬鹿馬鹿しいにも程がある!!!

神様なんていやしない!!!

 

助けてくれるやつなんか、

世界が終わっても来やしないんだよ!!!!」

 

ナナシは叫び続けた。

 

僕はナナシに必死にすがりついて、

わけのわからないことを口走りながら泣いた。

 

しばらくして我に返ると、

ナナシが僕の頭を撫でていた。

 

「警察、呼ばないとな」

 

ナナシはそう言った。

 

さっきまでの凄まじい形相のナナシは、

いなかった。

 

でも、僕の友達だった、

ヘラヘラ笑うお調子者のナナシも、

もうどこにもいなかった。

 

僕らは警察を呼び、

簡単に事情を聞かれて、

家に帰された。

 

僕らは一言も口を聞かぬまま別れた。

その日、僕は色んなことを考えた。

 

何故ナナシは、

あのアパートに行こうと言い出したのか。

 

何故ナナシは、

あの女の人が2日前に自殺を図ったことを

知ってたのか。

 

何故ナナシは、

あの部屋の鍵の場所を知ってたのか。

 

ナナシがつぶやいた「終わったな」って、

何だったのか。

 

オカルト的な考えになるが、

きっとナナシは、

死人の声みたいなものが

聞こえるんだろう。

 

死ぬ間際の断末魔なんかが、

聞こえるタチなんだろう。

 

ナナシが「終わったな」って呟いたとき、

あの女の人は死んだんだろう。

 

鍵の場所も、あの女の人の

生き霊みたいなものが助けてほしくて、

教えてくれたんだろう。

 

でも、僕らは間に合わなかったのだ。

僕はそう考え、凄く悲しくなった。

 

僕らが間に合わなかったせいで、

あの人は死んだんだ。

 

まだ、助かったかもしれないんだ。

僕らが早く行っていれば・・・

 

そこまで考えて、

僕はひとつの疑問が浮かんだ。

 

もし、もしさっきの仮説が正しくて、

ナナシに不思議な力があるなら、

 

何故ナナシは、

すぐにアパートに向かわなかった?

 

何故ナナシは、

すぐに警察なり救急車なりを、

昨日の時点で呼ばなかった?

 

否、否否否。

 

ナナシが早口でまくし立てていただけで、

本当に自殺かどうか実際はわからない。

 

ましてあの部屋には、

血溜まりと死体はあっても、

凶器なんかは見当たらなかった。

 

否、否否否。

 

 

それ以前に、それ、以前に、

僕らが部屋に入ったあの時点で、

本当にあの人は死んでいたのか?

 

もしまだ死んでなかったなら。

そして、自殺じゃなかったなら。

 

そこまで考えて背筋が凍った。

 

それからしばらく、僕はナナシと

マトモに喋ることが出来なかった。

 

その後ナナシと僕は、

ある事件をきっかけに

永遠の断絶を迎えるが、

 

それはまた別の話。

 

(終)

シリーズ続編→落ちていくモノへ

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