狐狗狸さん 3/3

Sが長い長い溜息を

一つ吐いた。

 

S「こっくりさんこっくりさん。

365×785は、いくつだ?」

 

その言葉は、

 

まるで砂漠に咲く一輪の花のように、

不自然で且つ井然としていて。

 

ぴたり、と十円玉の動きが止まった。

 

S「・・・時間切れだ。

正解は286,525。

 

ちゃんと答えてくれないと困るな。

 

まあ、いい。

じゃあ、次の質問だ」

 

僕とKは、ぽかんと口を開けて

Sを見ていた。

 

S「ああ、その前に、お前ら二人。

目え閉じろ。開けるなよ。薄目も駄目だ」

 

Sは一体何をする気なのか。

 

分からないが、とりあえず僕は

言われた通りに目を瞑る。

 

S「こっくりさんは、

不覚筋動って言葉を知ってるか?」

 

暗闇の中で腕が動く感覚。

 

S「そうか、じゃあ、その言葉を

文字でなぞってみてくれ」

 

十円玉は動いている。

それは分かる。

 

でも、つい先程に比べると、

非常にゆっくりとしたペースだった。

 

S「分かった。ああ、

お前らも目開けていいぞ」

 

僕は目を開く。

 

十円玉は、か行の『く』の場所で

停まっていた。

 

もう動かない。

 

見ると、いつの間にかSが

テーブルの端に置いてあった

ビデオカメラを手に持っている。

 

S「見てみろ」

 

撮影モードを一端止め、

 

Kは今しがたまで撮っていた映像を

僕らに見せる。

 

最初の部分は早送りで、

場面はあれよあれよという間に、

 

Sが僕らに目を瞑る様に指示した

ところまで進んだ。

 

『そうか、じゃあ、その言葉を

文字でなぞってくれ』

 

ビデオ中のSの指示通り、

十円玉は動き出す。

 

けれどもその移動はメチャクチャで、

 

『ふかくきんどう』 の中の

どの文字の上も通過することは無かった。

 

S「これで分かっただろ」

 

ビデオカメラを止めてSが言う。

 

S「こっくりさんなんてものは、

人の無意識下における筋肉の運動かつ、

無意識化のイメージがそうさせるんだ。

 

さっきも言ったが、不覚筋動。

 

もしくはオートマティスム、

自動筆記とも言うな。

 

つまりは、意識してないだけで、

結局自分で動かしてんだ」

 

K「俺は動かしてねーぞ」

 

S「ひ、と、の、は、な、し、を、聞けボケが。

無意識下つったろうが。

 

その証拠に、

 

参加者の知りえない、

もしくは想像しえない問題に関して、

 

こっくりさんは何も答えられないんだよ。

ビデオ見ただろ」

 

今、十円玉は動かない。

 

けれど、それでも僕とKの二人は

指を離せないでいた。

 

こっくりさんでは

指を離すと失敗となり。

 

失敗すればどうなる、

万が一・・・。

 

そんな不安が胸の奥で

根を張っているのだ。

 

そんな二人を見てSは

 

心底呆れたように、

もしくは馬鹿にしたように、

 

「あーあーあー」と嘆いた。

 

S「じゃあ訊くが、

俺の記憶が正しければ、

 

こっくりさんは漢字では

狐に狗に狸と書く。

 

その名の通り、

こっくりさんで呼び出すのは、

 

キツネやタヌキといった

低級霊って話だが・・・。

 

ここで問題だ。

 

どうしてそんな畜生に、

人間の文字が読める?

 

文字を扱えるのは

死んでからも、

 

人間以上のものでないと

無理だと思うがな」

 

それは予想外の問いだった。

 

と言うより、

 

僕はこっくりさんで呼び出すのが

キツネだとすら知らなかった。

 

「それは・・・、

死んだ化けキツネだからじゃ。

 

ほら、百年生きたキツネは

妖怪になるって言うし・・・」

 

S「お前は百年生きたら、

キツネの言葉が完璧に理解出来る

ようになるのか?」

 

「・・・無理です」

 

S「それと、だ。

こっくりさんの元になったものは、

 

外国のテーブルターニングっていう

降霊術らしい。

 

が、そいつは完全に人間の勘違いだと、

すでに証明されている」

 

そう言うと、

 

Sは無造作にヴィジャ盤の上の

十円玉に指を当てた。

 

そして、僕とKが『あ』っと言うより先に、

こう呟いた。

 

S「こっくりさんこっくりさん。

 

こっくりさんという現象は全部、

馬鹿な人間の思い込み、勘違い、

 

または根も葉もない

噂話に過ぎない。

 

はい、か、いいえ、か」

 

すると、三人が指差した十円玉が

すっと動き、

 

『はい』の上でピタリと止まった。

 

Sが僕とKを見やる。

 

その顔は少しだけ

笑っている様にも見えた。

 

K「俺は何もしてないぜ?

意識上はな」

 

そして十円玉から指を離し、

 

彼はまた部屋の隅で一人、

読書タイムに没頭し始めた。

 

僕とKは互いに顔を見合わせ、 

半笑いのまま、

 

どちらからともなく指を離した。

 

その日はこっくりさんに関しては

それでお開きとなり、

 

三人で夕食を食べた後、

 

僕はK宅からの帰りに

自動販売機に立ち寄り、

 

今日使用した十円玉を使って

缶ジュースを一本買った。

 

それ以降、

 

身体に異変が起きただの、

 

無性に駅のホームに

飛び込みたくなっただの、

 

そういった害は今のところ無い。

 

ちなみに、

Sがあれほどオカルトに詳しいのは、

 

Kの部屋の

家主も把握しきれてない程の蔵書を、

 

「つまらん」と言いながらも

ほとんど読み尽くしているからだ。

 

あと最後に一つ。

 

あの日に撮影したビデオカメラには、

映っていたのだ。

 

Sが計算問題を出すまでの間、

僕とKの他に、

 

もう二本の手が十円玉に触れていた

ことだけは付け加えておきたい。

 

Sが問題を出した途端、

 

朧げな手は、

ひゅっと引っ込んだ。

 

それを見て僕は、

 

やはりオカルトに対抗するのは

学問なのだなあ、と思った。

 

(終)

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