道連れ岬 3/3

トイレに入った瞬間、

僕ははっとする。

 

洗面所の鏡の前で、

Kがうつ伏せで倒れていた。

 

急いで駆け寄る。

 

Kは、ぐうぐう眠っていた。

 

気絶していたと言ってあげた方が

Kは喜ぶだろうが。

 

僕はKがそこにいることが、

まだ信じられないでいた。

 

例えKじゃなくても、

 

ついさっきKの形をしたものが

確かに崖から飛んだのだ。

 

S「おい、こらK」

 

Sが屈み込み、

 

寝ているKの右側頭部を

軽くノックする。

 

三度目でKは目覚めた。

 

K「いて、何。ん・・・、ってか、

うおっ!?ここどこだ!」

 

Kだ。

 

まぎれもなく、これはKだ。

僕は確信する。

 

急に、どっと安堵の気持ちが

押し寄せてきて、

 

僕は上半身だけ起こしたKの

背中を一発蹴った。

 

K「いってっ!え、何?俺か?

俺が何かした?」

 

何かしたも何も、

 

僕はKに何と説明したら良いものか考えて、

結局そのまま言うことにした。

 

「Kが、・・・いや。Kにそっくりな奴が、

僕らの目の前で崖から飛んだんだ」

 

Kは目をパチパチさせ。

 

K「はあ?・・・うそっ!?

マジかよ俺死んだの!?

 

やっべ、すっげー見たかったのに

その場面!」

 

Kだ。

 

こいつは紛れもなく、

K過ぎるほどKだ。

 

呆れて笑いが出るほどだった。

 

S「おい、お前ら。帰るぞ」

 

Sが言った。

 

K「ええ?そんな面白いこと

あったんだったらまだ居ようぜ。

俺だけ見てないの損じゃん!」

 

S「うるせー。二十分は経った。

俺は帰る。俺の車で帰るか、

ここに残るかはお前ら次第だ」

 

そう言って、

Sはトイレから出て行こうとした。

 

けれど、

何か思い出したように立ち止まり、

 

S「ああ、そうだ。忘れてた」

 

と独り言のように呟くと、

つかつかと洗面台の前に戻って来た。

 

ビシッ。

 

深夜のトイレ内に異様な音が響いた。

Sが手にしていたペットボトル。

 

Sはその底を持ち、

 

一番硬い蓋の部分を、

まっすぐ洗面所の鏡に叩きつけたのだ。

 

蜘蛛の巣状に白い亀裂の入った鏡は、

もう誰の顔も正常に映すことはない。

 

僕とKは、石のように固まっていた。

 

Sは平然とした顔で

鏡からペットボトルを離すと、

 

僕ら二人に向かってもう一度、

「ほら、帰るぞ」と言った。

 

僕とKは黙って顔を見合わせ、

 

Sの命令に従って、

急いでトイレを出て車に乗り込んだ。

 

結局、警察は呼ばなかった。

 

誰も死んでない。

俺らは何も見てない。

 

Sがそう言ったからだ。

 

帰り道、後部座席で

色々と騒いでいたKが、

 

いつの間にか寝ているのに気づいた後、

僕はそっとSに訊いてみた。

 

「なあ。Sは、どうしてあれが

Kじゃないって分かったん?」

 

S「あれってどれだ」

 

「僕らの目の前で飛んだ、

Kそっくりな奴」

 

S「ああ」

 

「・・・顔も、服装も、体格も、

絶対あれはKだったと思う。

 

どこで見分けたんかなあ、

って思ってさ」

 

すると、Sはハンドルを握っている

自分の左手首を指差し、

 

S「あいつの時計がな、

左手にしてあったんだ」

 

と言った。

 

S「いつもKは右手に時計をつける。

今日もそうだった」

 

「はあ」

 

S「だから、おかしいと思って

注意して見てみた。

 

そしたら、文字盤が逆さだった。

十二時二十分。そんだけだ」

 

十一時四十分。

十二時二十分。

鏡合わせ。

 

「そうか。だから鏡を割ったんだ」

 

S「・・・ん?ああ、いや。

ありゃただの鬱憤晴らしだ。

やなモン見たしな」

 

「はああー・・・」

 

Sは鬱憤晴らしなどする様な奴ではないが、

まあそれはいいとしよう。

 

しかしまあSよ。

 

お前は一体どんな観察力してんだ、

と僕は思う。

 

普通だったら気づかない。

そんなところには目もいかない。

 

絶対に。

 

その証拠に、

 

僕はあいつがKじゃないと

分からなかった。

 

「でも、本当に警察呼ばなくて

良かったんかな?」

 

と僕が言うと、

Sは首を横に振った。

 

S「俺らは何も見なかった。

Kは死んでない。それでいいだろ」

 

確かに、それでいいのかもしれない。

 

Sに言われると、

そんな気がしてくるから不思議だ。

 

それに、

きっと死体は出ない気がする。

 

あくまで僕の勘だけれど。

 

S「しかしなあ。もしかすると、

あのまま手を伸ばしていたら、お前。

逆に引っ張り込まれてたかもな」

 

何気ない口調でSは恐ろしいことを言う。

僕は一気に背筋が凍りついた。

 

S「道連れ岬とはよく言ったもんだ」

 

そう言って、

Sは大きなあくびをした。

 

後ろでKが何か意味不明な

寝言を言った。

 

僕はぶるっと一回、

体を震わした。

 

生きててよかった。

 

S「・・・そういや、俺

今めっちゃ眠いんだけどよ。

これ事故って道連れになったらごめんな」

 

とSが言った。

 

たぶん冗談だろうが、

僕はうまく笑えなかった。

 

Sの運転する車は

僕らの住む町を目指して、

 

深夜、人気のない道を少しばかり

蛇行しながら走るのだった。

 

(終)

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