UFOと女の子(夏) 2/3
「あなたはキミでしょ。
アンタでもあるし、
お前にもなるね。
それと、人間で、男の子。
たぶん私より年下ね。
今、お菓子を持っていて、
わたしのぜんっぜん『知らない人』・・・
ほら、あなたのことだって、
もうこんなに『知ってる』んだから」
ぽかんとする僕に、
女の子はもう一度
「だから、ください」
と、掌をこっちに押し付けてくる。
正直意味が分からなかったけれど、
勢いに負けたというか、
返す言葉も思いつかなかった僕は、
黙ってラムネを分けてあげた。
「ありがとう」
そう言って女の子は
にこりと笑った。
笑うと可愛い女の子だった。
それから僕たち二人は、
むしむしと暑いUFOの中で
おしゃべりをした。
と言っても、
ほとんど女の子が何か尋ねて、
僕が答えるという形だったけれど。
女の子が訊き出し上手だったのか
僕が隠し下手だったのか、
その日のうちに僕は
名前から住所から
洗いざらい吐かされて、
しばらく経った頃には、
女の子にとっての僕は本当に、
『知らない人』から
『知っている人』へと変わっていた。
買った駄菓子も結局、
半分くらい食べられた。
どれくらい話しただろうか。
そのうち窓の方を見やった女の子が、
「お父さんだ」
と声を上げた。
見ると、外に黒い野球帽を被った
男の人が立っていた。
「迎えが来たから、もう行くね」
「・・・あ、待って」
UFOの中から出て行こうとした
女の子を僕は呼び止める。
色々と訊かれるままに答えてしまったし、
お菓子は半分食べられたし、
このまま帰してしまっては
僕だけが損した形になる。
それに、僕はまだ彼女の名前も
訊いてなかった。
「名前を教えてよ」
女の子がこっちを振り返った。
その顔は何か思案している
様だったけれど、
やがてにこりと笑って、
こう言った。
「うちゅうじん」
「え?」
「ワタシハ、宇宙人デス」
自分の喉を小刻みに叩きながら、
女の子は震える声でそう言って、
にこりと笑った。
ひとり分の重量がなくなった
UFOがぐらりと傾き、
僕だけが船内に残される。
ぽかんと口を開けたまま、
天井に取り付けられた窓から
青い空を見上げた。
自分を宇宙人だと言った女の子の
まぶしいくらいの笑顔が頭に残っていた。
確かに宇宙人だ。
とその時は思った。
それからというもの。
僕はよくデパート屋上のUFOの中で
宇宙人と遭遇するようになった。
学校が終わってからの時間や
休みの日。
僕が行けば、
ほぼ必ず彼女は居た。
大抵彼女が先にUFOの中に居て、
僕が後からというのが多かったけれど、
僕が先に着いて待つこともあった。
彼女と会うと僕は必ず
質問攻めに遭った。
生い立ちのこと、
両親のこと、
学校のこと、
友達のこと。
彼女の問いに、
僕はいちいち馬鹿正直に答えた。
当時の僕は、
学校はつまらなかったし
友達はいなかったし、
それでいて親に対しては
『いい子』を演じていた。
けれども、彼女には
何も隠さなくても良かった。
デパートの屋上の小さなUFOの中が
僕らの唯一の接点だったから。
どこかふわふわとしていて、
掴みどころの無い子だったけれど、
彼女と話している時間は楽しかった。
僕らは色々話して、
たくさん笑った。
いつしか、僕はデパートに行って
彼女と話すのが楽しみになっていた。
僕は何の用事のない日でも、
気が向けばデパートに
行くようになっていた。
「それじゃあ、君も、宇宙人なの?」
と彼女に訊かれたことがある。
僕にあまり友達が居ないことを
白状させられた時のことだ。
「違うよ。僕は地球人」
と返すと、
「ちきゅうじん」
と僕の真似をするように言って、
くすくすと笑っていた。
ぐらぐら揺れるUFOの船内で
隣り合わせに座り、
二人でラムネなんかを食べながら。
僕から彼女に質問することはなかった。
それが無くても、
僕たちの間に話題はたくさんあった。
それに、
自分のことについては
ほとんど話さなかった彼女に、
子供なりに遠慮していたのかもしれない。
たまに自分から口を開いたと思ったら、
「私のお母さんが宇宙人で。
だから、私も宇宙人なの」
などと彼女は妙なことを言って、
一人で笑うのだった。
けれども、僕はそれが
嘘だとは思わなかった。
彼女は自分のことを「宇宙人だ」
としか言わなかった。
僕は女の子が実は本当に宇宙人で、
それ以上の秘密を知られたら、
自らの星に帰ってしまうんじゃないかと、
わりと本気で思っていたのかもしれない。
でも、
何度も何度も会って話すうちに、
僕はどうしても、
あの子のことをもっと知りたい
と思う様になった。
出会ってからもう一ヶ月程が
経っていたけれど、
僕はまだ彼女の名前も
教えてもらっていなかった。
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