UFOと女の子(冬) 3/5

中に入ると、十年ぶりの店員さんが

笑顔で迎えてくれた。

 

当然だけれど、僕のことなんか

覚えていないだろう。

 

たとえ覚えていたとしても、

 

僕自身十年前とは

顔も体つきも変わっている。

 

友人二人は駄菓子屋の外で

呆れたように僕の様子を眺めていた。

 

僕は駄菓子をきっかり百円分買った。

 

あの頃と同じ、

三十円のラムネや、

 

当たり付きのフーセンガムや、

スーパーボールみたいな飴玉を。

 

「あの・・・、覚えてますか?」

 

カウンターで百円玉と十円を

一枚ずつ出しながら、

 

僕はレジを打つ店員に

そっと尋ねてみた。

 

その痩せた五十代前半くらいの男性は

ふと僕の方を見やると、

 

「何のことですか?」

 

と問い返してきた。

 

やっぱりというか、

僕のことは覚えていないようだ。

 

「あの僕、久しぶりに

こっちに帰ってきたんですけど。

 

・・・昔、屋上に、

UFOの遊具があったでしょう」

 

すると、店員は「ああ」と

肯定の声を出した。

 

「ありました、ありました。うん、確かに。

UFOでしょう。グラグラ揺れる」

 

僕は頷く。

UFOはあったのだ。

 

最初から無かったのではなく、

僕の記憶違いでもなく。

 

確かに屋上に存在した。

 

呼吸を一つ。

 

「・・・でも、事故が原因で

無くなったんでしたよね?

 

たしか、女の子が、巻き込まれた」

 

僕が熱を出して寝込んだ日。

TVである事故のニュースが流れた。

 

デパートの屋上で

女の子が遊具から転落して、

 

意識不明の重体。

 

原因は、他の子供達が

外から遊具を揺らし、

 

バランスを崩したからだと。

 

けれども、店員は少しばかり眉をひそめ、

僕の方を見やった。

 

「あなたは、ライターですか?」

 

警戒しているのだろうか。

 

「いえ。大学生です。

 

昔よくここに、駄菓子を買いに来てました。

いつも百円分。

 

たまに消費税の五円は、

まけてくれたりしてましたよね」

 

店員の表情が崩れたのが分かった。

 

話してもいい相手だと思ったのか、

 

もしかしたら僕のことを

思い出したのかもしれない。

 

実は話し好きだったらしい

痩せた店員は、

 

それから色々と教えてくれた。

 

「そうですね。

もう大分昔のことですし。

 

・・・ええ、確かに。

夏ですね。

 

夏の終わりごろ。

 

屋上で女の子が遊具から

転落する事故がありました。

 

意識不明の重体で、

打ちどころが悪かったんでしょう。

 

数日後に、亡くなったそうです」

 

彼女の意識が無かった数日間、

僕は熱を出して寝込んでいた。

 

「その時、子供が数人、

周りに居たんですよね」

 

「はい。数人がかりで、

中に上るための紐を持って

遊具を揺らしてたそうです。

 

見かけたここのスタッフが

止めに入ったそうなんですが、

 

間に合わずに・・・」

 

そうして彼女は、

落ちて、死んだ。

 

「だから、遊具を撤去した?」

 

「そうです。

 

普通の怪我ならともかく、

死者が出たんですから。

 

それにあの頃は、

 

他の公園なんかの遊具も、

アレは危ないから外せだの、

 

色々と言われていた時期

でしたから」

 

「・・・僕、あのUFOが

好きだったんですよ。

 

でも、ある日屋上に行ったら、

いきなり無くなってたんです。

 

ショックでしたよ。

 

店員さんに訊いても、

 

UFOなんて無い、

知らないって言われましたし。

 

何が何だか、

分からなくって・・・」

 

「ああ・・・、それはすみません」

 

そう言うと、

 

店員は僅かに頭を下げ、

先程よりも小さな声で、

 

「確かな話じゃありませんが。

 

あの亡くなった女の子は、

学校で苛められてたんじゃないかって。

 

止めに入ったスタッフが、

色々酷い言葉を聞いたそうです。

 

だからというか、

あの時は、

 

取材と称した方が

たくさん来られましたよ。

 

店員は下で働いているんだから

分かるはずもないのに、

 

事件の様子とか、

細かくね。

 

中には、子どもを使って訊き出そうとする

輩までいたそうですよ」

 

だからあの時、

店員は僕に対して

 

『UFOのことなんて知らない』

 

と言ったのだ。

 

おそらくは、

 

店の方から事件については

何も喋らない様に、

 

と言われていたのだろう。

 

「可哀そうにねぇ・・・」

 

遠い目をしながら

痩せた店員は呟いた。

 

「あの子の父親は、

このデパートで働いていたんですよ」

 

「え?」

 

「あ、いえ。と言っても

私はあまり関わりも無かったんですが。

 

傍から見ても、

仲の良い親子だったんですよ。

 

お父さんの方は

朝から夕方までここで働いて、

 

夜はまた別の仕事が

あったそうですが、

 

あの子は、いつも

お父さんのことを待っていてね。

 

二人、下で夕飯の材料を

買って帰るんです、いつも。

 

料理はあの子がしてたそうですよ。

何でも、母親が病気だったそうで」

 

「病気・・・」

 

(続く)UFOと女の子(冬) 4/5へ

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