ドッペルゲンガー 3/3

ドッペルゲンガー

 

京介さんの独白を聞き終えて、

 

俺はなんとも言えない追い詰められたような

気分になっていた。

 

逃げてきた先が行き止まりだったような。

 

そんな気分。

 

「ある日を境にって、

いつですか」

 

なにげなく聞いたつもりだった。

 

「あの日だ」

 

「あの日っていつですか」

 

京介さんはグーで俺の頭を殴り、

 

「またそれを言わせるのかこいつ」

 

と言った。

 

俺はそれですべてを理解し、

 

「すみません」

 

と言ったあと、

ガクガクと震えた。

 

「どう考えても、無関係じゃないな」

 

おまえのも含めて。

 

京介さんは最後のトーストを口に放り込み、

コーヒーで流し込んだ。

 

俺はその時には、

 

京介さんの部屋へタリスマンを

返しに行った時の、

 

違和感の正体に気がついてしまっていた。

 

「部屋の四隅にあった置物は

どうしたんです」

 

あの日、結界だと言った、

4つの鉄製の物体。

 

それが1週間前には、

部屋の中に見当たらなかった。

 

「壊れた」

 

その一言で、

俺の蚤の心臓はどうにかなりそうだった。

 

※蚤(ノミ)

 

「それって、」

 

しゃくり上げるように

俺が口走ろうとしたその言葉を、

 

京介さんが手で無理やり塞いだ。

 

「こんなところでその名前を出すな」

 

俺は震えながら頷く。

 

「ドッペルゲンガーっていうのは、

大きくわけて2種類ある。

 

自分にしか見えないものと、

他人にも見えるもの。

 

前者は精神疾患によるものがほとんどだ。

 

あるいは一過性の幻視か。

 

そして後者はただの似てる人物か、

あるいは生霊のような超常現象か。

 

どちらにしても、

 

異常な現象にしては

合理的な逃げ道がある。

 

私が前者でおまえが後者だが、

 

それが同じ出来事に触れた二人に

現れたというのは、

 

しかし、

偶然にしては出来すぎだ」

 

つまり、

あの人なわけですね。

 

俺は頭の中でさえ、

 

その名前を想起しないように

意識を上手く散らした。

 

「甘く見ていたわけじゃないんだが、

まずいなこれは」

 

京介さんは眉間にシワを寄せて、

テーブルを指でトントンと叩いた。

 

俺は生きた心地もせず、

ようやくぼそりと呟いた。

 

「こんなことならタリスマン、

返すんじゃなかった」

 

その瞬間、

京介さんが俺の胸倉を掴んだ。

 

「今なんて言った」

 

「だ、だから、

 

あの魔除けのなんとかいう

タリスマンを返したのは失敗だった、

 

って言ったんですよ。

 

また貸してくれませんか」

 

なぜか京介さんは、

珍しく険しい形相で強く言った。

 

「なに言ってるんだ、

おまえはタリスマンを返してないぞ」

 

俺はなにを言われているのかわからず、

うろたえながら答える。

 

「先週返しに行ったじゃないですか。

 

ほら、風呂入るから帰れって

言われた日ですよ」

 

「まだ持ってろって言ったろ?!

あれをどうしたんだ」

 

「だから返したじゃないですか。

だから今はないですよ」

 

京介さんは俺の胸元を触って確かめた。

 

「どこで無くした」

 

「返しましたって。

受け取ったじゃないですか」

 

「どうしたっていうんだ。

おまえは返してない」

 

会話が噛み合わなかった。

 

俺は返したと言い、

京介さんは返してないと言う。

 

嘘なんか言ってない。

 

俺の記憶では間違いなく京介さんに

タリスマンを返している。

 

そして少なくとも、

 

いま俺が魔除けの類をなにも

持っていないのは確かだった。

 

京介さんはいきなり自分のシャツの

胸元に手を突っ込むと、

 

三角形が絡み合った図案の

ペンダントを取り出した。

 

「これを持っていろ」

 

それはたしか、

 

京介さん以外の人が触ると力が失せる

とか言っていたものではなかったか。

 

「よく見ろ。

 

あれは六芒星で、

これは五芒星」

 

そう言われればそうだ。

 

「とりあえずはこれで、

 

もう一人のおまえにどうこうされる

ことはないだろう。

 

だが、なにが起こるかわからない。

 

しばらく慎重に行動しろ。

 

なにかあったら私か・・・」

 

そこで京介さんは言葉を切り、

真剣な表情で続けた。

 

「あの変態に連絡しろ」

 

あの変態とは、

俺のオカルト道の師匠のことだ。

 

京介さんは師匠とやたら反目している。

 

はずだった。

 

「まったく」

 

と言って、

京介さんは喫茶店の椅子に深く沈んだ。

 

そして、

 

「ドッペルゲンガーは」

 

と繋いだ。

 

「死期が近づいた人間の前に

現れるっていうのはさ、

 

嘘っぱちだと思ってた。

 

ずっと前から見えてたのに、

今まで生きてたわけだし。

 

でも、違うのかも知れない。

 

ただの幻が、

 

いまドッペルゲンガーになろうと

しているのかも知れない」

 

俺は死にたくない。

 

まだ彼女もいない。

 

童貞のまま死ぬなんて、

生き物として失格な気がする。

 

「その、もう一人の京介さんは

今もいますか」

 

俯き加減にそう聞くと、

 

京介さんは頷いて長い指でスーッと、

側方の一点を指し示した。

 

そこにはなにも見えなかった。

 

京介さんの指先は店内の一つの席を

はっきり指していたのに、

 

そこには誰も座っていなかった。

 

店内はランチタイムで混み始め、

ほとんどの席が埋まってしまっているというのに、

 

そこには誰も座っていないのだった。

 

(終)

次の話・・・「鏡 1/3

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