ドッペルゲンガー 1/3

ドッペルゲンガー

 

大学1回生の秋。

 

オカルト系ネット仲間の

京介さんの部屋に、

 

借りていた魔除けのタリスマンを

返しに行ったことがあった。

 

京介さんは女性で、

俺より少し年上のフリーターだった。

 

黒魔術などが好きな人だったが、

少しも陰鬱なところがなく、

 

無愛想な面もあったが、

 

その清潔感のある性格は、

一緒にいて気持ちが良かった。

 

その日は、

 

買ったばかりの愛車を

ガードレールに引っ掛けた、

 

という間抜けぶりを冷やかしたり

していたのだが、

 

これから風呂に入ってバイトに行くから、

という理由であっさりと追い払われた。

 

このところオフ会でも会わないし、

なんだか寂しかったが仕方がない。

 

目の前でドアを閉められる時、

 

何度かお邪魔したこともある部屋の中に、

僅かな違和感を感じたのは、

 

気のせいではなかったと思う。

 

なにか忘れているような。

 

そんなぼんやりとした不安があった。

 

それから1週間は何事もなかった。

 

自堕落な生活で、

すっかり曜日の感覚がなくなっていた俺が、

 

珍しく朝イチから大学の授業に出ようと思い、

家を出た日のこと。

 

講義棟の前に鈴なりのはずの自転車が、

 

※鈴なり

物や人が群がり集まることを意味している。

 

数えるほどしかなかったあたりから

予感はされていたことだが、

 

掲示板の前で角南さんという友達に会い、

 

「今日は祝日だぞ」

 

とバカにされた。

 

「だったらそっちもなんで来てるんだよ」

 

と突っ込むと笑っていたが、

急に耳に顔を寄せて、

 

「昨日歩いてたの誰?

やるじゃん」

 

と囁いてきた。

 

なんのことかわからなかったので、

 

「どこで?」と言ってみると、

「うわーこいつ」と肘打ちを喰らい、

 

意味のわからないまま、

彼女は去っていった。

 

俺は首を捻りながら講義棟を出た。

 

昨日はたしか、

駅の地下街を歩いたはずだ。

 

角南さんはそのあたりの店で

バイトしているはずなので、

 

そこで見られたようだ。

 

しかし昨日、

俺は一人だった。

 

誰かと歩いていたはずなんてない。

 

たまたま同じ方向に進んでいた人を、

連れだと思われたのか。

 

なぜか急に背筋が寒くなってきて

振り返ったが、

 

閑散としたキャンパスが

広がっているだけだった。

 

俺は自転車をとばして、

逃げるようにアパートへ引き返した。

 

そのあいだ、

 

後ろから誰かがついて来ている

ような気がして、

 

時々振り向きながらペダルをこいだ。

 

なぜか誰ともすれ違わなかった。

 

俺のアパートは学校から近いとはいえ、

 

その途中に通行人の一人もいないなんて、

なんだか薄気味が悪い。

 

駐輪場に自転車を止め、

 

階段を登り、

アパートの部屋のドアを開ける。

 

学生向けの大して広くもない部屋は、

 

玄関からリビングの奥まで見通せる

つくりになっていた。

 

はずだった。

 

のに。

 

キッチンに俺がいた。

 

俺は無表情でこちらに目も向けず

トイレのドアを開けると、

 

スッと中に消えた。

 

パタンとドアが閉まる。

 

現実感がない。

 

玄関で俺は靴も脱がず、

立ち尽くしていた。

 

そして今見たものを反芻する。

 

※反芻(はんすう)

繰り返し考えること。

 

鏡ではもちろんない。

 

生きて動いている俺が、

トイレのドアを開けて中に入った。

 

という、

それだけのことだ。

 

それを俺自身が見ているという、

異常な事態でさえなければ。

 

怖い。

 

この怖さをわかってもらえるだろうか。

 

思わず時計を見た。

 

まだ朝のうちだ。

 

部屋の窓のカーテン越しに射す、

太陽の光が眩しいくらいだ。

 

だからこそ、

 

この逃げようのない圧迫感が

あるのだろう。

 

夜の怖さは明かりをつけることで。

 

あるいは、夜が明けることで

克服されるかも知れない。

 

しかし、

 

朝の部屋が怖ければ、

どこに救いがあるというのか。

 

部屋にはなんの音もない。

 

トイレからもなんの気配も感じられない。

 

おそらく俺は10分くらい、

同じ格好で動けなかった。

 

そして、

 

今のはなんだろう、

今のはなんだろうと、

 

呪文のように頭の中で

繰り返し続けた。

 

見なかったことにして、

とりあえずコンビニでも行こうかと、

 

どれほど思ったか。

 

でも逃げない方がいい。

 

なぜかそう決めた。

 

たぶん、

幻覚だからだ。

 

というか、

幻覚じゃないと困る。

 

俺はオラァと大きな声を出すと、

ズカズカと部屋の中へ進み、

 

躊躇なくトイレのドアを開け放った。

 

開ける瞬間にもオラァと、

わけのわからない掛け声をあげた。

 

中には誰もいなかった。

 

ほっとした、というより、

オッシャアと思った。

 

念のためにトイレの中へ入ろうとした時、

視線の端で何かが動いた気がした。

 

閉めたはずの玄関のドアが開いていて、

その隙間から俺の顔が覗いていた。

 

再び自転車を駆って、

休日の道を急ぐ。

 

今日は朝イチで大学の講義に出て、

 

清清しい気持ちになっている

はずだったのに、

 

なんでこんな目に遭っているのだろう。

 

俺はさっきまで自分の部屋の

トイレに立てこもっていた。

 

中から鍵を掛けて、

ノブをしっかり握っていた。

 

俺が玄関から入ってきたらどうしよう。

 

オラァとかいう声が外から聞こえたら、

失神していたかも知れない。

 

どれほど中にいたのかわからないが、

 

とにかく俺はついにトイレから

ビクビクと出てきて電話をした。

 

こういう時にはやたら頼りになる、

オカルト道の師匠にだ。

 

しかし出ない。

 

携帯にも繋がらない。

 

焦った俺は、

次に京介さんへ電話をした。

 

『はい』

 

という声が聞こえた時は、

心底嬉しかった。

 

そして、

 

つい1週間前にも通った道を、

数倍の速度で飛ばした。

 

(続く)ドッペルゲンガー 2/3

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