古い家 3/5

地下階段

 

僕は思い出していた。

 

父方の祖父の家にある古い土蔵。

 

その奥に、

地下へ伸びる隠された階段がある。

 

その下には秘密の部屋があり、

巨大な壷が置いてあった。

 

子どもの頃、

父に連れられてその階段を降りる時の、

 

あの、気づかないほど緩やかに、

少しずつ自分が死んでいくような感覚。

 

いたずらを叱られた僕は、

父にその壷の中へ押し込められるのだ。

 

壷はあんまり静かに立っているので、

座っているように見える。

 

と言ったのは誰だったか・・・

 

どちらにしても、

 

黄色い照明が照らす地の底で、

一人きり壷に呑み込まれた僕は、

 

身を丸め、

 

重い石で空に蓋をされるのを

見ていることしかできない。

 

そうして一切の明かりのない世界に

閉じ込められた僕は、

 

遠ざかっていく足音を聞く。

 

それからやがて自分のいる場所が、

地の底とは思えなくなってくる。

 

もっと下があるような気がしてくるのだ。

 

「どうした」

 

と呼ばれ、我に返る。

 

師匠が懐中電灯を下に向けながら、

ソロソロと足を階段に掛けていく。

 

僕もそれに続く。

 

ギイ、ギイ、

と古い木が軋む音。

 

2階から1階に降りる階段とは違う。

 

たとえ外が見えない建物の中でも、

 

地中へ入っていく階段は、

確かにそれと分かる。

 

皮膚感覚で。

 

あるいは臓器で。

 

階段は急だ。

 

1段1段が物凄く高く、

また足を置く踏み面も狭い。

 

下を見ると、

 

ほとんど垂直に降りているような

錯覚さえ抱く。

 

足を滑らせたら大変だ。

 

そう思って、

慎重に一歩一歩進めていく。

 

すぐに壁に突き当たる。

 

右側に開いた空間に回り込むと、

また下に伸びる階段が続いている。

 

ただの折り返しだ。

 

「地下で醤油でも寝かせてるのかな」

 

師匠が呟いたが、

そうは思えない。

 

醤油が湿気の多い地下で保存するのに

適したものとは思えないし、

 

なにより、

 

入り口が押入れに隠されていた

というのが不穏当だ。

 

※不穏当(ふおんとう)

さしさわりがあって適当でないこと。

 

地下から吹き上がってくる微かな風が、

頬に触れる。

 

カビ臭い匂いが鼻につく。

 

すぐにまた壁に突き当たった。

 

師匠がゆっくりと明かりを

右側へ向けていく。

 

「おい」という声。

 

僕もそこに並ぶと、

下に伸びる階段が目に入る。

 

「まだ下があるぞ」

 

と師匠が呟く。

 

懐中電灯に照らされる下には、

 

また同じような漆喰の壁が

光を反射している。

 

そして、まったく同じように、

右側の空間が光を吸い込んでいる。

 

「どこまで地下があるんだ」

 

僕らはその階段を降りていった。

 

ギイギイという木の音と、

風の音。

 

薄汚れた漆喰の壁と、

またくるりと折り返されて続く道。

 

2回。3回。4回。5回。6回。

 

折り返しの数を数えていた僕は、

 

頭の中に虫が飛ぶような

奇妙な雑音が入って、

 

だんだんと次の数字が分からなくなる。

 

7回。8回。9回。

 

次は10回だ。

 

10回。10回だ。

 

ああ。また階段が。

 

これで11回だから次で。

 

いや、

今ので10回じゃなかったか。

 

次で・・・

 

先へ進む師匠が急に足を止めた。

 

天井に懐中電灯を向ける。

 

「煤だ」

 

※煤(すす)

 

天井と言っても、

 

それは低く斜めになって下へ伸びる

木製の天板。

 

僕らが降りてきた階段の底板が、

その下の階の天板になっているのだろう。

 

その天井一面が、

薄っすらと黒くくすんで見える。

 

「気づかなかったけど、

足元も煤でいっぱいだ」

 

頭の中に、

 

蝋燭を持ってこの階段を降りる、

人間のシルエットが浮かんだ。

 

一体どれほどの長い時間、

この地下への階段が使われていたのか。

 

師匠が身体を屈めて、

踏み面を凝視する。

 

「おい。見てみろ。

 

積もった埃と煤に、

薄っすら踏み荒らされた跡がある」

 

「そりゃあ、この家の人が昔、

出入りしてたでしょうから」

 

「でも、あの上の家屋の

荒廃っぷりからしたら、

 

この階段も使われなくなって

相当時間が経ってるはずだ。

 

煤はともかく、

埃が溜まっているはずなんだ。

 

その上にどうして足跡がついている?」

 

誰かこの下にいるのか。

 

今でもここを昇り降りしている人間が

いるのだろうか。

 

『この世のものとは思えない

呻き声が聞こえる』

 

という噂。

 

あれは、

 

この階段を吹き抜ける風の音では

なかったのだろうか。

 

いや、僕の頭はその時、

 

同時にまったく別のことを

想像していた。

 

それは、

 

折り返しの回数を数えている間に

脳裏をよぎった、

 

薄気味の悪い考えだ。

 

何度か振り払おうとしたが、

 

今、目の前の誰のとも知れない

微かな足跡を見て、

 

それが言葉を成した。

 

これは、

 

『僕らの足跡ではないだろうか』

 

と。

 

その瞬間、

 

ぞわぞわと背筋に嫌な感覚が走り、

僕は立ち上がった。

 

「上、見てきます」

 

師匠にそう言い置いて、

元来た階段を昇り始める。

 

まるで壁のように立ち塞がる

急峻な1段1段を、

 

※急峻(きゅうしん)

傾斜が急で険しいこと。

 

両手をつきながら昇っていく。

 

1つ。2つ。3つ。4つ。

 

折り返しをいくつ繰り返せば、

元の押入れに出るのか。

 

僕らは降り続けていたはずのに、

 

何故か同じ場所をぐるぐると

回っていたのではないか?

 

そんなはずはない。

 

そう思いながら、

 

バタバタと音を立てながら

駆け昇っていく。

 

苦しい。

 

息が切れる。

 

そして暗い。

 

何も見えない。

 

しまったな。

 

明かりを借りてくればよかった。

 

何度目の折り返しだっただろう。

 

ふいに僕の耳は、

女性の悲鳴を聞き取った。

 

下だ。

 

師匠の名前を叫びながら、

踵を返して再び階段を駆け降りる。

 

足がもつれて

階段を踏み外しそうになりながら、

 

僕は急いだ。

 

ガタタタタと、

ついに尻餅をついて半ば滑り落ちながら、

 

師匠の持つ懐中電灯の光を

視界に捉える。

 

「ど、どうしました」

 

顔をしかめながらようやくそう言った僕に、

師匠は少しバツが悪そうな調子で、

 

「いや、蜘蛛が」と言って、

 

壁際の天井の隅に巣を張る

蜘蛛の姿を照らし出した。

 

僕はホッと息をつきながらも、

 

その大きな背中の模様が人の顔に見えて、

思わず目を逸らす。

 

「なあ」

 

と師匠が小声で話しかけてくる。

 

「上でも、蜘蛛がいただろう。

蜘蛛の巣もいっぱいあった」

 

何を言い出したのかと思って、

先を待つ。

 

「ここでもそうだけど、

 

その蜘蛛の巣は全部天井とか

柱の上の方にあって、

 

私らの顔にベタって付いたりは

しなかったな」

 

そうだった。

 

そうだったが、

 

それは言われてみると、

確かに何か変だ。

 

「ヒトが通る空間にだけ

蜘蛛の巣がないってことはさ、

 

誰かそこを通ってる、

ってことじゃないか。

 

たとえば、ここも」

 

師匠がまた下への階段を照らす。

 

ひくっと喉が鳴った。

 

それは僕のだろうか。

 

それとも師匠のだっただろうか。

 

あ、まずい。

 

この感じは。

 

師匠が「戻るか?」と囁いた。

 

僕は「行きましょう」と応える。

 

止まるべき所で止まれない感じ。

 

それは確実に、

僕の寿命を縮めているような気がした。

 

(続く)古い家 4/5

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