怪物 「結」-下巻 2/5

夜道

 

『みんな案外知らないのね。

 

公衆電話にだって、

外から掛けられるわ』

 

その言葉を聞きながら、

私は頭がクラクラし始めた。

 

思考のバランスが崩れるような感覚。

 

この電話の向こうにいるのは、

生身の人間なのか?

 

それとも、

人の世界には属さない何かなのか。

 

『夢を見て、

 

あなたがそこへ向かうことは

すぐに分かったのよ。

 

そしたら、

その電話ボックスの前を通るでしょう。

 

一言だけ、注意したくて、

掛けたの』

 

「どうして番号を知っていた」

 

『あなたのことなら、

なんでも知ってるわ』

 

あらかじめ調べておいたということか。

 

いつ役に立つとも知れない、

こんな公衆電話の番号まで。

 

『行ってはいけない。

わたしも、少し甘く見ていた』

 

「なにをだ」

 

再び沈黙。

 

微かな呼吸音。

 

『でもだめね。あなたは行く。

 

だから、わたしは祈っているわ。

無事でありますようにと』

 

通話が切れた。

 

ツー、ツー、という音が、

右耳にリフレインする。

 

私は最後に言おうとしていた。

 

電話を切られる前に、

急いで言おうとしていた。

 

そのことに愕然とする。

 

一緒に来て。

 

そう言おうとしていたのだ。

 

頼るもののないこの夜の闇の中を、

共に歩く誰かの肩が欲しかった。

 

受話器をフックに戻し、

電話ボックスを出る。

 

少し離れた所にある街灯が、

瞬きをし始める。

 

消えかけているのか。

 

私は自転車のハンドルを握る。

 

行こう。

 

一人でも、夢の続きを知るために。

 

自転車は加速する。

 

耳の形に沿って風がくるくると回り、

複雑な音の中に私を閉じ込める。

 

振り向いても、

電話ボックスはもう見えなくなった。

 

離れて行くにしたがって、

 

さっきの電話が本当にあった出来事なのか、

分からなくなる。

 

何度目かの角を曲がりしばらく進むと、

 

道路の真ん中に何かが置かれている

ことに気がついた。

 

速度を緩めて目を凝らすと、

それはコーンだった。

 

工事現場によくある、

あの円錐形をしたもの。

 

パイロン、というのだったか。

 

道路の両側には、

民家のコンクリート塀が並んでいる。

 

ずっと遠くまで。

 

アスファルトの上に、

 

ただ場違いに派手な黄色と黒の

コーンがひとつ、

 

ぽつんと置かれているだけだ。

 

当然、

向こうには工事の痕跡すらない。

 

誰かのイタズラだろうか。

 

その横をすり抜けて、

さらに進む。

 

500メートルほど行くと、

 

また道路の真ん中に、

三角のシルエットが現れた。

 

またコーンだ。

 

避けて突っ切ると、

今度は10秒ほどで次のコーンが出現する。

 

通り過ぎると、

またすぐに次のコーンが・・・

 

それは奇妙な光景だった。

 

人影もなく、

誰も通らない深夜の住宅街に、

 

何らかの危険があることを示す物が

整然と並んでいるのだ。

 

だが、

行けども行けども何もない。

 

ただコーンだけが道に、

無造作に置かれている。

 

段々と薄気味悪くなってきた。

 

あまり考えないようにして、

 

ホイールの回転だけに

意識を集中しようとする。

 

だが、その背の高いシルエットを

見た時には、

 

心構えがなかった分、

全身に衝撃が走った。

 

今度はコーンではない。

 

細くて長く、

頭の部分が丸い。

 

道でよく見るものだが、

 

それが真夜中の道路の

真ん中にある光景は、

 

まるでこの世のものではないような

違和感があった。

 

『進入禁止』を表す道路標識が、

 

そのコンクリートの土台ごと引っこ抜かれて、

道路の上に置かれているのだ。

 

周囲を見回しても、

元あったと思しき穴は見つからない。

 

一体誰が、

そしてどこから運んで来たというのか。

 

ゾクゾクする肩を押さえながら、

 

『進入禁止』されている

その向こう側へ通り抜ける。

 

これもポルターガイスト現象なのか?

 

しかし、これまでに起きた怪現象たちとは、

明らかにその性質が異なっている気がする。

 

石の雨や電信柱や並木が

引き抜かれた事件、

 

中身をぶちまけられる本棚や

ビルの奇妙な停電などは、

 

“意図”のようなものを感じさせない、

 

ある意味、

純粋なイタズラのような印象を受けたが、

 

この道に置かれたコーンや道路標識は、

 

その統一された意味といい、

執拗さといい、

 

何者かの“意図”が仄見えるのである。

 

※仄見える(ほのみえる)

かすかに見える。

 

く・る・な

 

その3音を、

私は頭の中で再生する。

 

ポルターガイスト現象の現れ方が変わった。

 

それが何故なのか分からない。

 

現れ方が変わったと言うよりも、

『ステージが上った』と言うべきなのか。

 

これでは、RSPK、

 

反復性偶発性念力などという

代物ではない。

 

もっと恐ろしいなにか・・・

 

私は吐く息に力を込める。

 

目は前方を強く見据える。

 

怖気づいてはいけない。

 

ビュンビュンと景色は過ぎ去り、

 

放課後に訪れたオレンジの円の

中心地である住宅街へ到着する。

 

結局、道路標識はあれ以降、

出現しなかった。

 

言わば最後の警告だった訳か。

 

私は夜空を仰ぎ、

月の光に照らされたビルの影を探す。

 

この街で一番高い影だ。

 

そして、

 

月がそのビルに半分隠れるような

視点を求めて、

 

息を殺しながら自転車を

ゆっくりと進める。

 

動くものは誰もいない。

 

ほとんどの家が寝静まって、

明かりも漏れていない。

 

様々な形の屋根が黒々とした威容を、

四方に広げている。

 

やがて私は、

背の低い垣根の前に行き着いた。

 

街にぽっかりと開いた穴のような空間。

 

向こうには銀色の街灯が見える。

 

遮蔽物のない場所を選んで通るからか、

風が強くなった気がする。

 

※遮蔽物(しゃえいぶつ)

おおいさえぎる役目をするもの。

 

公園だ。

 

私は胸の中に渦巻き始めた

言いようのない予感とともに、

 

自転車を入り口に止め、

 

スタンドを下ろしてから

公園の中に足を踏み入れた。

 

靴を柔らかく押し返す土の感触。

 

銀色の光に暗く浮かびあがる遊具たち。

 

見上げても月はビルに隠れていない。

 

ここではない。

 

けれど今、私の視線の先には、

 

街灯の下に立つ、

二つの人影があるのだ。

 

ごくりと口の中の僅かな水分を飲み込む。

 

人影たちも近づいて行く私に、

明らかに気づいていた。

 

こちらを見つめている複数の視線を、

確かに感じる。

 

風が耳元に唸りを上げて通り過ぎた。

 

「また来たよ」

 

影の一つが口を開いた。

 

「どうなってるんだ」

 

ようやくその姿形が見えて来た。

 

眼鏡を掛けた男だ。

 

白いシャツにスラックス。

 

ネクタイこそしていないが、

サラリーマンのような風貌だった。

 

神経質そうなその顔は、

30歳くらいだろうか。

 

「こんな時間に、

こんな場所に来るんだから、

 

私たちと同じなんでしょうね」

 

声は若いが、

外見は50過ぎのおばさんだった。

 

地味なカーキ色の上着に、

スカート。

 

小太りの体型は、

不思議と私の心を和ませた。

 

「あの、あなたたちは、なにを・・・」

 

そこまで言って、

言葉に詰まる。

 

「だから、言ってるでしょ。

同じだって。

 

あんたも見たんだろ、

アノ夢を」

 

真横から聞こえたその声に驚いて、

顔をそちらに向ける。

 

小さな鉄柵の向こうに

ブランコがひとつだけあり、

 

そこにもう一人の人物が腰掛けていた。

 

キィキィと鎖を軋ませながら、

足で身体を前後に揺すっている。

 

「あんた、高校生?」

 

馬鹿にしたような言葉が、

その口から発せられる。

 

目深にキャップを被っているが、

若い女性であることは声と服装で分かる。

 

太腿が出たホットパンツにTシャツという、

涼しげな格好。

 

あまり上品なようには見えない。

 

「ま、ここまでたどり着いたってことは、

タダモノじゃない訳だ」

 

意味深に笑う。

 

私の体内の血液が、

徐々に加熱されていく。

 

同じなのだ。

 

この人たちは。

 

私と。

 

彼らは街で起こった怪奇現象と

母親殺しの夢の秘密を解いて、

 

ここに集った人間たちなのだ。

 

得体の知れない不吉さと不安感に

駆られて動き回った数日間が、

 

絶対的に個人的な体験だったはずの数日間が、

 

並行する複数の人間の体験と

重なっていたということに、

 

歓喜と寒気と、

そして昂揚を覚えていた。

 

※昂揚(こうよう)

精神や気分などが高まること。

 

「あなた、さっきの夢は、どこまで?」

 

おばさんがこちらを向いて聞いてきた。

 

私は、ありのままに話す。

 

「やっぱり」

 

少し残念そう。

 

「みんな同じ所までで目が覚めてるのね」

 

「も、もういいよ。

 

ここでいつまでも話してたって、

しょうがないだろ」

 

眼鏡の男が手を広げて大げさに振った。

 

「でもねぇ、

 

これ以上はどうやっても

探せないのよね」

 

おばさんが頬に手のひらを当てる。

 

「あんな月とビルの位置だけじゃ、

ある程度にしか場所を絞れないし、

 

時間経っちゃったから、

余計に分かんないのよね」

 

「こうしてたって、

余計わかんなくなるだけじゃないか」

 

「そうよねえ。

 

とりあえず、近くまで行けば

なにか分かるんじゃないか、

 

と思ったんだけど・・・」

 

そんな言い合いを聞きながら、

 

私の脳裏には、

先週の漢文の授業で先生が教えてくれた、

 

『シップウにケイソウを知る』

 

という言葉が浮かび上がっていた。

 

確か、

 

強い風が吹いて初めて、

風に負けない強い草が見分けられるように、

 

世が乱れて初めて、

能力のある人間が頭角を現す、

 

というような意味だったはずだ。

 

昼間には無数の人々が行き来するこの街で、

誰もかれも、

 

自分たちのささやかな常識の中で

呼吸をしながら暮らしている。

 

それが例え、

日陰を選んで歩く犯罪者であったとしても。

 

けれど、そんな街でも、

 

こうして夜になれば常識の殻を破り、

この世のことわりの裏側をすり抜ける、

 

奇妙な人間たちが蠢(うごめ)き出す。

 

普段はお互いに道ですれ違っても気づかない。

 

それぞれがそれぞれの

個人的な世界を生きている。

 

それが今はこうして、

同じ秘密を求めてここにいるのだ。

 

のっぺりとした匿名の仮面を外して。

 

私はそのことに、

言い知れない胸の高鳴りを覚えていた。

 

(続く)怪物 「結」-下巻 3/5

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