葬祭 2/3

墓地

 

次の日の朝。

 

その家の家族と飯を食っていると、

 

そろそろ帰らないかというようなことを

暗に言われた。

 

帰らないんですよ、

箱の中を見るまでは。

 

と心の中で思いながら、

味のしない飯をかき込んだ。

 

その日はなんだか薄気味が悪くて、

山には行かなかった。

 

近くの川でひとり日がな、

一日ぼうっとしていた。

 

『僕はその木箱の中に

何が入っているのか、

 

そのことよりも、

 

この集落の昔の人々が人間の本体を、

一体何だと考えていたのか、

 

それが知りたい』

 

俺は知りたくない。

 

でも想像はつく。

 

あとは、どこの臓器かという

違いだけだ。

 

俺は腹の辺りを押さえたまま、

川原の石に腰掛けて水をはねた。

 

村に侵入した異物を、

子供たちが遠くから見ていた。

 

あの子たちは、

 

そんな習慣があったことも

知らないだろう。

 

その夜。

 

丑三つ時に師匠が声を顰め、

「行くぞ」と言った。

 

川を越えて暗闇の中を進んだ。

 

向かった先は寺だった。

 

「例の浄土宗の寺だよ。

 

どう攻勢をかけたのか知らないが、

 

明治期に件の怪しげな土着信仰を廃して、

壇徒に加えることに成功したんだ。

 

だから今は、

あの辺りはみんな仏式」

 

息をひそめて山門をくぐった。

 

帰りたかった。

 

「そのあと葬祭を取り仕切っていた

キの一族は、

 

血筋も絶えて今は残っていない。

 

ということになってるけど、

恐らく迫害があっただろうね。

 

というわけで、

 

件の木箱だけど、

どうも処分されてはいないようだ。

 

宗旨の違う埋葬物だけど、

 

あっさりと廃棄するほどには、

浄土宗は心が狭くなかった。

 

ただそのままにもしておけないので、

当時の住職が引き取り、

 

寺の地下の蔵に

とりあえず置いていたようだが、

 

どうするか決まらないまま

代が変わり、

 

いつのまにやら文字どおり

死蔵されてしまって今に至る、

 

というわけ」

 

よくも調べたものだと思った。

 

地所に明かりが灯っていないことを

確認しながら、

 

小さなペンライトでそろそろと進んだ。

 

小さな本堂の黒々とした影を

横目で見ながら、

 

俺は心臓がバクバクしていた。

 

どう考えても、

 

まともな方法で木箱を見に来た

感じじゃない。

 

「僕の専攻は仏教美術だから、

そのあたりから攻めて、

 

ここの住職と仲良くなって

鍵を借りたんだ」

 

そんなワケない。

 

寝静まってから泥棒のように

やって来る理由がない。

 

「そこだ」

 

と師匠が言った。

 

本堂のそばに厠のような屋根があり、

下に鉄の錠前が付いた扉があった。

 

「伏蔵だよ」

 

どうも木箱の中身については、

当時から庶民は知らなかったらしい。

 

※伏蔵(ふくぞう)

ふし隠れること。内にひそみ隠れること。

 

知ることは禁忌(タブー)だったようだ。

 

「そこが奇妙だ」

 

と師匠は言う。

 

その人をその人たらしめる

インテグラルな部分があるとして、

 

それが何なのか知りもせずに

手を合わせてまた畏れるというのは、

 

やはり変な気がする。

 

それが何なのか知っているとしたら、

それを『抜いた』というシャーマンと、

 

あるいは木箱を石の下から掘り出して、

伏蔵に収めた当時の住職もか・・・

 

師匠がごそごそと扉をいじり、

音を立てないように開けた。

 

饐えた匂いがする地下への階段を、

二人で静かに降りていった。

 

降りていく時に、

階段がいつまでも尽きない感覚に襲われた。

 

実際は地下一階分なのだろうが、

もっと長く果てしなく降りたような気がした。

 

「元々は、本山から頂戴した

なけなしの経典を納めていたようだが、

 

今はその主人を変えている」

 

と師匠は言った。

 

「異教の穢れを納めているんだよ」

 

という囁くような声に、

一瞬、気が遠くなった。

 

高山に近い土地柄に加え、

真夜中の地下室である。

 

まるで冬の寒さだった。

 

俺は薄着の肩を抱きながら、

師匠のあとにビクビクしながら続いた。

 

ペンライトでは暗すぎてよく分からないが、

思ったより奥行きがある。

 

壁の両脇に棚が何段にもあり、

主に書物や仏具が並べられていた。

 

『それ』は一番奥にあった。

 

「ひひひ」という声が、

どこからともなく聞こえた。

 

まさかと思ったが、

やはり師匠の口から出たのだろうか。

 

厚手の布と青いシートで

二重になっている小山が、

 

奥の壁際にある。

 

やっぱりやめようと師匠の袖を

つかんだつもりだったが、

 

なぜか手は空を切った。

 

手は肩に乗ったまま動いていなかった。

 

師匠はゆっくりと近づき、

布とシートをめくりあげた。

 

木箱が出てきた。

 

大きい。

 

正直言って、

 

小さな木箱から小さな肝臓の干物のような

ものが出てくることを想像していた。

 

しかし、

ここにある箱は少なかった。

 

三十はないだろう。

 

その分、一つ一つが、

抱えなければならないほど大きい。

 

嫌な予感がした。

 

木箱の腐食が進んでいるようだった。

 

石の下に埋められていたのだから、

 

掘り出した時に箱のていを成していないものは、

処分してしまったのかも知れない。

 

師匠がその内の一つを手に取って、

ライトをかざした。

 

それを見た瞬間、

明らかに今までと違う鳥肌が立った。

 

ぞんざいな置かれ方をしていたのに、

 

木箱は全面に墨書きの経文で

びっしりと覆われていたからだ。

 

「如是我聞一時佛在舍衞國祇樹給孤

獨園與大比丘衆千二百五十人倶・・・」

 

師匠がそれを読んでいる。

 

やめてくれ。

 

起きてしまう。

 

そう思った。

 

(続く)葬祭 3/3

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