地図に載っていない小さな集落にて
四国の大学で地質学の卒論を書いた。
フィールドワークで一人して山に入るのだが、
基本的に道路から外れた山中を歩く。
※フィールドワーク
野外など現地での実態に即した調査や研究。野外調査。
山道を川の上流まで登ってから川べりを下り、
露頭(ろとう)という地層が露出した個所を探す。
露頭を見つけたらフィード帳に書き込み、
地図と合わせて地質図をつくる作業をする。
その日も、
一人で調査の為に山へ入ったが・・・
気味悪く感じた集落を見つけ・・・
コンパスと歩数でルートマップを作りつつ、
時々GPSで補正をする。
たまに国土地理院の地図が間違っていて、
えらい目にあったという話も聞くが、
私はマップを作りながら歩いているので、
まず迷うことはない。
朝の8時から山に入って獣道を進み、
2時間ほど歩いていると、
盆地に広がる小さな集落に出た。
持っていた地図には載っていない。
集落があるということは、
ここまで車で入れたわけで・・・
随分と無駄な山歩きをした気になったが、
砂利道でも道を歩けるだけ良いかなと思い、
村の中に入っていった。
集落に近づくと、
なんだか少し嫌な感じがした。
多少は古ぼけてはいるけれど、
田んぼにも稲があるし、
戸締まりもきちんとされている。
・・・が、廃虚という感じではないが、
どうも人の気配が無さすぎる。
これまでにも何度か、
こういう集落を通ったことはあるが、
朝方で人が出ていないのはよくあっても、
犬なども居なくて静かすぎた。
どうしたものだろうと思っていると、
手押し車を押しているお婆さんが
前からやって来た。
挨拶をすると驚いたような顔をして、
プイっと振り返って引っ込んでそれっきり。
なんか嫌だな・・・と思いながらも、
とりあえず集落の真ん中を通る道を、
山手の方に向かって歩いた。
道の脇の家に付いていた電気メーターが
目に入ったので、
ちよっと覗いてみて愕然とした。
ガワはあるが、
中の機械が無かった。
慌てて向かいの家のメーターを覗いたら、
同じく中の機械が無い。
その隣の家も・・・
ここには数十件の家があるみたいだが、
人が住んでいない家も多く混じっているようで、
少し怖くなった。
足早に砂利道を山手の方へ行くと、
どん詰まりに公民館のような建物があった。
中からは人の声がワサワサと聞こえる。
少し怯えながら公民館の横手を見ると、
結構大きな盛り土がしてあり、
無数の白い紙の人形のようなものが、
割り箸に付けられて突き刺さっていた。
すぐさま回れ右をして、
元来た道を一目散に下っていくが、
T字路で行き止まりに。
下手には田んぼが広がっている。
とりあえず一般道に出るため、
来た方向と向かい側の道を行くが、
一般道には出れず。
・・・結局、
また公民館のような建物に行き当たる。
どうしたものかと思っていると、
公民館から人がわらわらと出てくる気配が。
やっぱりちゃんと道を訊こうと出て行くと、
出て来たのが小学生ぐらいの子供たち。
平日、学校にも行かずに、
この子達は何をしているのだろう・・・
と思っていると、
中から大人の男性が何人か出て来て、
いきなり「何してる!!」と叫び、
こちらに向かって走って来た。
私は怖くなって全速力で山の方へ、
田んぼをかき分けながら逃げた。
叫び声は聞こえるが、
追いかけてはいないようだった。
とりあえず高いところまで登って
集落を見下ろすと、
外に抜ける道が一本もない。
そして奇妙だったのが、
公民館の裏手に無数の十字架のようなものが
立っているのが見えた。
盆地を迂回して車に戻ると、
とりあえず役場に行き、
最新の地図を貰いながら話をしてみたが、
信じてもらえなかった。
何が何だかよく分からなかったが、
あれは臨海学校か何かのキャンプ場だった・・・
と思うことで納得させることにした。
そして最近になって大学の後輩から、
同じフィールドで卒論を書くとの事で、
出来たら相談に乗ってほしいと言われた。
卒論で書いた以上のことはなかったが、
気になってそれとなく、
あのフィールドで奇妙な場所はなかったか?
と訊いてみた。
一ヶ所、結構広い盆地で、
一面掘り返したばかりのような更地があり、
その上に大量の便器が(トルコ式の便器らしい)
捨ててあったのを見つけたとの事。
昔のフィールド帳を照らし合わせてみると、
間違いなくあの場所だ・・・
「いや、ほんと、
山から見ると更地にごま塩みたいに
便器が捨ててあるんですよ。
車も入らないところに・・・」
という後輩の話だった。
(終)