人魚職人 1/2

 

家は昔質屋だったと言っても、

じいちゃんが17歳の頃までだから、

 

私は話でしか知らないのだけど、

結構面白い話を聞けた。

 

「おぉーい、喜一」

 

釣りから帰ったばかりの喜一を、

店から誰かが呼んだ。

 

この声の主は、

トチロウおじさん!?

 

親父の友人の変人学者だ。

 

「面白いもん見せてやるよ」

 

シシシと笑いながら、

おじさんは木箱から何かを取り出した。

 

中から出てきた物に、

 

「人魚!?」

 

喜一は大きな声を上げて驚いた。

 

それは大根ほどの大きさで、

 

頭は人型、下半身は

魚の人魚のミイラだった。

 

「なーすげーだろ?

 

港町で異人をたまたま助けた

礼に貰ったんだ」

 

何故こんな物を感謝の気持ちにしたのだ?

と普通は思うが、

 

喜一には大方トチロウがこれを

欲しがったのだろう、

 

と推測出来た。

 

話しがトチロウの武勇伝に

変わろうとすると、

 

「で、この紛い物を俺に

どーしろって言うんだ」

 

帳簿を書きながら、

 

まるでおじさんの話しにも

人魚にも興味がない様に、

 

おやじが言った。

 

「えっ、これ偽物なの?」

 

喜一が目を開いておやじを見る。

 

「あたりめぇだろ。

猿と鯉を繋げた物だ。

 

干物にすれば、

繋ぎも目立たんからな。

 

異人にはこういった物が

売れるんだ」

 

おやじの言葉を確かめる様に

トチロウの顔を見上げると、

 

トチロウは肩をすくめて、

 

「残念ながら偽物だ。

 

だけどこういう精巧な作り物は、

俺は芸術だと思うんだよ」

 

と言ったが、

 

芸術に興味のない喜一には、

残念で仕方がなかった。

 

トチロウは、

 

人魚を実家に持って帰ったが

気味悪がられ、

 

根無し草なトチロウは置き場所に困り、

結局家へ持って来たのだった。

 

「頼むよ、預かっててくれ。

気に入ってるから売りたくはないんだ」

 

懇願するトチロウに

おやじは少し考え、

 

人魚を手に鑑定をするかのように

マジマジと見だした。

 

「・・・おっおい、

売らないからな」

 

心配そうにトチロウが言うと、

親父は変わった条件を出してきた。

 

「この人魚の職人を調べて見ろよ。

お前好みな事が分かるかも知れんぞ。

 

俺も少し興味があるからな。

何か分かれば話しを聞かせろよ。

 

それが条件だ」

 

こんな素っ頓狂な取引に、

トチロウは真面目に腕を組んで考えた。

 

「最近は暇だしな・・・俺好み・・・」

 

悩むトチロウをよそに、

おやじは人魚を片付けだす。

 

「分かったいいだろう。

 

しかし全く何にも無かったら、

蔵の商品を一つ貰うからな」

 

そう言い捨てると、

 

トチロウはおやじの返事も聞かず

店を飛び出して行った。

 

おやじの口から「好かん」という

言葉は出なかったが、

 

おやじがこんな事を言う時は、

必ず何かあると知っていた喜一は、

 

トチロウを心配した。

 

トチロウは港を歩き回って数日後、

なんとか人魚職人を捜し出した。

 

雨が降っていても、

宿も取らずに傘も差さずに、

 

聞いた住所の家へと

直ぐさま足を運ばせた。

 

が、家主は留守。

 

不用心にも鍵がかかって

いないのをいい事に、

 

トチロウは早速、

家の中を調べだした。

 

もし見つかりでもしたら

大事だというのに、

 

トチロウの余裕っぷりは

場数を物語っていた。

 

家には細工に使う道具、

 

猿の干物やら薄気味の悪い物が

山ほど出てきたが、

 

トチロウ好みの謎は

見当たらなかった。

 

それもそのはず、

 

探している本人が何を探せばいいのか

分からないのだ。

 

「ふー」

 

と一息つこうとした時だった。

 

「て・・・ててめぇ何もんだ」

 

後ろから太い男の声。

 

振り向くと、

 

トチロウに包丁を突きつける

男が立っていた。

 

「少し見ていたが、

物取りじゃ無さそうだな・・・

 

せ、せ、せ、政府の人間か?」

 

男はトチロウを前に、

落ち着かない様子。

 

「おいおい、

 

俺が政府のお偉いさんに

見えるか?

 

それに、

 

たかが人魚の偽物ごときで

訴える人間もいねぇだろぅ?」

 

トチロウは、

 

まるで刃物が見えていないかの様に

へらへらと笑う。

 

男はトチロウの姿が

そんなに酷いものだったのか、

 

上から下まで見定めると、

 

「見たところ丸腰だな」

 

そう言って包丁を下ろした。

 

「じゃあ一体、

 

人の家のガギを壊してまでの

用ったぁ何だ?」

 

「鍵?鍵は知らねぇが・・・

 

ええっと、無病息災に効く

人魚様を買いに来たのよ」

 

トチロウの適当な答えに、

 

「ウチは出荷はしてるが

売りはやってねぇ。

 

周り近所にも人魚細工の事は

言ってない。

 

お前、何処かの港町の商人から

ここを聞いて来たんだろう?

 

何故そこで人魚を買わず、

こんな町外れまで来た?

 

第一、お前が家を詮索している間から、

人魚は足下に転がっていただろう?」

 

(続く)人魚職人 2/2

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