電話機 1/2
家は昔質屋だったと言っても、
じいちゃんが17歳の頃までだから、
私は話でしか知らないのだけど、
結構面白い話を聞けた。
喜一じいちゃんの時代は
電話が無かった。
無かったと言っても
一般家庭での話しで、
お役所や大手の企業等は
所有していた。
喜一だって何度か市役所で
見たことがあったが、
それでも少年にとっては
未知の世界の機械。
ある日、
そんな特別な電話機を
蔵で発見したのだ。
それはもう、
喜一にとっては大事だった。
蔵を飛び出し、
ドタドタと縁側を駆け抜け
店へと走る。
「何で何で!!
電話機が蔵に!蔵に!?」
大興奮の喜一の言葉は
片言だったが、
おやじには充分だった。
「おめぇ、また勝手に
蔵に入りやがったな・・・」
じろりと喜一を睨んだが、
今の喜一には全く効果はなかった。
「なぁなぁ、
あれ喋れるんだろ?
隣町のじっちゃんとも
話せるのかな?」
目をキラキラさせながら話す
喜一を尻目に、
おやじは足の爪を切りながら、
「あほう。
家に電話線なんてあるか。
それに電話機ちゅーのは、
向こう側にも電話機がねぇと
話せねーんだよ」
親父の冷めた口調に、
喜一の興奮もあっという間に
冷めてしまった。
「この辺で電話機が
ある所っちゃぁ、
市役所、軍の事務所、
隣町の呉服屋ぐれーだろ。
どっちにせよ、
お前みたいなガキには
縁のない物だな」
ガキ扱いされた上に
邪魔だと店を追い出され、
すっかり喜一は機嫌を損ねた。
電話機はもう買い手が決まっているらしく、
家の蔵にいるのはほんの数週間。
電話機は自体壊れていたが、
見栄っ張りな金持ちの壁の
オブジェになるそうだった。
(当時の電話機は、
壁に掛る大きな物だった)
それでも喜一は、
おやじの目を盗んで電話機の
受話器を取って話しをしていた。
と言っても、
ただの独り言だ。
「・・・それで親父はカンカンだし、
かーちゃんは大泣きするしで・・・」
『フフ・・・』
「え?」
喜一の話しに誰かが笑った。
喜一は周りを見渡したが、
誰かがいるはずもない。
と言うことは、
電話の向こうだ。
「も・・・もしもーし、
どなたですか?」
喜一が恐る恐る訪ねると、
『・・・申し申し?』
返答があった。
おやじのヤツ。
俺を電話機に近付けまいとして、
壊れてるなんて嘘をついたんだな。
そう思った喜一は、
嬉しくて嬉しくて
電話の向こうに話しかけた。
「こ・・・こんにちは」
暫くすると、
『こんにちは・・・
声を出すつもりはなかったんだが、
君の話が面白くてね。
盗み聞きになってしまったな、
すまない』
相手はとても紳士な感じがした。
「そんなこと気にしなくていいよ。
それよりさ、そっちは何県なの?」
喜一は電話の向こうが気になって
仕方がなかった。
『そうだな・・・
とても遠い遠い所だよ。
君の知らない所だ』
彼の答えに喜一は、
「外国!?遠いって
蘭よりも遠いのか?」
そう聞くと、
彼は笑いながら、
『そうだね。
きっと蘭よりも遠いだろう』
と答えてくれた。
それから喜一は毎晩、
親父が寝静まった後に
蔵で電話をした。
電話の話し相手は、
喜一が受話器を取って「もしもし」と言うと、
必ず『申し申し』と答えてくれた。
彼の話はとても面白く、
リアルだった。
ある日、
「おじさんはどんな仕事をしてるの?」
と喜一が聞くと、
彼は少し困った様に、
『うーん、そうだな。
前は人を幸せにする仕事を
していたんだ』
曖昧な答えに、
「幸せって?」
と聞き返した。
『まぁ色々あるけど、
たとえばお金とかがよく
入るようにしていたよ』
それを聞いて喜一は勝手に、
銀行関係の人だと思った。
「ふーん、じゃあ今は?」
今度の質問には少し、
彼の声のトーンが下がった。
『前の仕事は任期が終わってしまってね。
今は逆の仕事をしているんだ・・・。
でも、また暫くすれば、
幸せにする方の仕事に
戻れるんだけどね』
喜一は考えた。
お金を与える仕事と逆って事は、
奪うんだな・・・。
きっと、ヤクザの取立屋だ!
銀行員になったり、
取立屋になったり。
それは大変そうだと思った喜一は、
彼をねぎらったのだった。
そんな楽しい電話生活も
あっという間に過ぎ、
とうとう明日が電話機の受け渡し
という日になった。
『申し申し・・・
今日は何だか元気がないね。
どうしたんだい?』
心配されてしまった喜一は、
ここが質屋で、
電話を出来るのが今日で最後だと
いうことを彼に話し、
寂しがった。
『そうか・・・
それは寂しいね。
でも良かった。
・・・実は私も、
そろそろ自分の仕事を抑えるのが
限界だったんだよ。
君に迷惑がかからなくて良かった』
(続く)電話機 2/2