そこの酒造の酒が最後に飲みたかった
ほんのり怖いというか、不思議な経験をしたので書いてみます。
もう6年ほど前の事ですが、当時の私は趣味のカメラを片手にバイクで走り回っておりました。
ある日、先輩と一緒に「廃墟撮影に行こう」ということになり、とある旅館跡へバイクを走らせました。
昼過ぎに到着し、少し藪こぎをして廃旅館へ。
先輩は何度か来たことがあるようで、案内してもらいながらウロウロしていました。
すると、ある部屋の近くに来た時に、何とも言えない臭いがしました。
察しがつくとは思いますが、あの臭いです。
先輩が「以前はこんな臭いはなかった」と言い、お互い察していました。
廊下を奥に進むと、その臭いはどんどんキツくなります。
二人共もう確信を得ていて、ある部屋を覗くと、やはり“自殺体”でした。
死後数日は経過しているようで・・・。
遺書を読み、仏さんに酒を供える
ふと足元を見ると遺書のようなものが置かれていて、申し訳ないと思いながらも好奇心で読んでみました。
そこには自分の人生の悔いや反省などが綴られており、人生に疲れたとのことが書かれておりました。
何やら色々な苦労が重なり死を選んだその人を見ると、何かやりきれない気持ちになりました。
しかし、あまりにも臭いがキツイのと警察への通報などから、一度バイクまで戻って警察へ通報しました。
30分ほどで到着するとのことだったので、タバコに火をつけ、あまり会話もなく警察の到着を待つことに。
パトカー2台と警察のバンが到着し、現場検証と事情聴取のため現場に戻りました。
検証を終わらせパトカーに戻ると、お決まりの軽いお説教が・・・。
写真を撮りたいとはいえ立派な不法侵入なので、あまりこういう場所には立ち入らないように、とのいつものお言葉。
しかし今回は仏さんの発見につながったので軽い注意で済みました。
聴取も終わりパトカーから出た時、ちょうど仏さんが運ばれていくところで、二人で手を合わせて見送りました。
そして、せっかく足を伸ばしてここまで来たんだからと、海辺を走って美味しいものを食べて帰ろうやということで海辺の道の駅へ。
レストランで海鮮丼を頬張りながら、先輩が話し始めました。
先輩「あの遺書の最後の方に、お前んとこの近くの地名出てたな」
私「ああ、あそこは有名な酒造があるんですよ。遺書の最後にも、そこの酒造の酒が最後に飲みたかったって書いてありましたよ」
先輩「そうか・・・。よっぽどそこの酒が好きやったんやろうなぁ」
私「そうですね・・・。今度供養の意味でも買っていって供えましょうか?」
先輩「そやな・・・。なんかやりきれん遺書やったもんな・・・」
飯時に話す話題ではないのでしょうが、後日ご供養に日本酒を買ってお供えすることになりました。
それから数日後、先輩の車で再び廃旅館まで行くことに。
実は例の日本酒ですが、わりとその酒造では安い方に入る酒で、せっかくお供えするのに安酒ってのもなぁ・・・ということで、ちょっといい方のお酒を買って行きました。
現地に到着し、お線香と花をまず供え、お酒は升にめいっぱい入れて供え、最後に瓶は蓋をして供えました。
その日はあまり寄り道もせず帰宅しました。
連日の出来事で疲れていた私は、ベッドに入るとすぐに寝入ってしまったようで、その時に不思議な夢を見ました。
初老の男性が私にしきりに頭を下げる夢を見たのです。
翌朝、夢の内容を覚えていた私は「あの時の仏さんかな?」と思い、不思議なこともあるもんだなぁ・・・とあまり気に留めず、もそもそと朝食を食べていました。
すると、先輩から携帯に着信がありました。
先輩「起きとったか?なあ、お前変な夢みんかったか?」
私は、すぐにあの夢だ!と直感しました。
私「もしかして、おっさんがずっとお辞儀する夢ですか?」
先輩「それや!ただそれ以外なにもなかったんやけどな」
私「僕もそうですよ。お供え行って良かったんとちゃいます?」
先輩「そやな。そういうことにしとこか」
という具合に、二人して同じ夢を見ていました。
不思議な夢だったのですが、ちょっといい気分でした。
後日談
そんなことがあってから4年後のことです。
たまたま先輩とキャンプツーリングでその現場近くを通った時に、「行ってみようか?」と先輩が言い出し、あの廃旅館のあの部屋に足を運んでみました。
そこには朽ちて半分が土になっている花束の跡と、黒ずんでおがくずのようになった一合枡が置かれていました。
もちろん、お供えした一升瓶も。
その時、ふと気になって一升瓶に目をやると、なにか違和感を感じました。
4年間も放置されていたので埃を被っているのですが、中身が無いのです。
最初は浮浪者が飲んでしまったのだろうかとも思いましたが、周りの埃を見ても瓶が動いた形跡は全くありません。
先輩と顔を見合わせ、まさか・・・とは思いながらもその瓶を元に戻し、その場を後にしました。
その後、近くの道の駅で休憩しながらさっきのことを思い返すと、なぜか少し嬉しい気持ちになりました。
あの仏さんが最後に飲めなかった酒を飲ませてやることが出来たんだな、と。
その後で、道の駅で購入した地酒を一本、またお供えに行きました。
その日の晩はキャンプ場でテントを張り、焚き火を眺めながら昼間に買った日本酒を二人でちびちびやっていました。
すると、焚き火越しに誰かがいたような気がしてハッと顔を上げるも、そこには誰もおらず、近くの別のキャンパーが見えるだけでした。
ただ、なぜかその時にとても暖かいものに包まれたような気がして、自然と笑みがこぼれました。
先輩も何か感じていたようで、二人して笑いました。
ふと「乾杯」と呟くと、グラスに何かが当たったような感触がありました。
その日の晩はとても穏やかな心で飲み明かし、就寝しました。
旅を終え、自宅に帰って荷物を片付けていると、あの時に買ったお酒が出てきたのですが、なぜかあまり減っていませんでした。
「結構あの晩飲んだつもりだったのに・・・律儀なおっちゃんやなぁ」と、また朗らかな気持ちになりました。
今はもうその廃墟は解体され、空き地になっています。
ただ、旅行でそこを通る度に思い出して顔がほころびます。
(終)