この世にはいない人が近くにいるような体験
これは、もうこの世にはいない人が近くにいるように感じた体験の話。
去年の秋、学生の頃にとてもお世話になったおじいさんが亡くなった。
俺はその当時、地元の漁協によく出入りしていて、そこで知り合ったそのおじいさんから地域の川や海での遊び方を教わっていた。
釣りキチ三平でいう一平じいさんみたいに話の分かる人で、秋から冬にかけては川に上ってくるサケを獲るのを手伝ったり、カモ鍋を作ったり、夏は海で魚を突き、山の秘境で風穴探検と、とにかく遊びの師匠のように思っていた。
その後、俺は大学を卒業して遠くの土地に就職してしまったが、夏に帰省した時には必ず挨拶に行っていた。
あの温かな雰囲気は今でも否定できない
社会人も3年目になった去年の秋、おじいさんは唐突に亡くなった。
癌だったらしい。
葬式には出られなかったので、今年の正月に帰省した時、おじいさんの家へ水向けに行った。
※水向け(みずむけ)
死者の霊前に水を供えて霊をまつること。
仏壇の前に正座をし、手土産を供え、合掌して目を瞑り、心の中で話しかけようとしたら、予想外にも「おお、○○さん。よく来でくっだの~(笑)」と、懐かしいバリバリの方言のおじいさんの声が聞こえてきた。
ハッと仏壇を見上げてみたが、やはりそこにあるのは満面の笑顔のおじいさんの遺影だけだった。
その瞬間にもそれが己の気のせいであることは疑わなかったが、どうしてもその場に満ちていた故人と談笑していた時のような温かな雰囲気は今でも否定できない。
それは、社会人になってから夏に久しぶりに会う時のおじいさんのリアクションそのものだったし、その声を聞いて何故か俺の心が晴れ渡ったからだ。
空耳と言えばそれまでのことで、何のインパクトもない話だが、不思議と印象に残っている。
(終)