まさか、この猫が教えてくれた?
これは、世にも不思議な体験をした彼の話。
彼は山中にある小さな社の氏子をしている。
それは、秋祭りに使う道具を、社務所の倉庫で探していた時のことだった。
何せ、最後に使ったのは1年も前、おまけに収めたのは自分ではない。
皆目どこにあるのか見当もつかずに、雑多な荷物をかき回していると、背後から声がかけられた。
よく通る老爺の声で「何を探していなさる?」と。
彼は顔も上げずに「子供用の法被です」と答えると、すぐに返事があった。
「だったらそこじゃない。右手奥の葛籠の下さね」
言われた通りの場所を探ってみると、正に探していた物がそこにある。
「ありましたありました!ありがとうございます」
そう礼を述べながら振り向くと、倉庫には誰の姿もなかった。
「あれ?」
代わりに居たのは、入り口にデンと座っている大きな三毛猫が1匹だけ。
社務所に昔から居着いている猫だ。
猫にしては、かなりの老齢のはずである。
(まさか、この猫が教えてくれたんじゃないよね?)
馬鹿馬鹿しいと思いながらも、試しに他の道具の場所も聞いてみる。
「旗竿はどこに仕舞ってありますかね?」
猫は欠伸で答え、顔を洗い始めた。
(なんだ、やっぱりそんなわけないよなぁ。偶々通りかかった氏子の誰かが、外から声をかけてくれたんだろう。うむ、そんなところだ)
一人でそう納得し、猫に背を向けて探索を再開した途端だった。
「入り口のすぐ左脇、竹ぼうきの奥に立て掛けてあるさね」
慌てて後ろを向いたが、猫はしれっとした顔で伸びをしていた。
半信半疑で竹ぼうきをよけると、確かに束ねられた旗竿が姿を現す。
しばらく猫と睨めっこをしてしまったが、別に言うべきことがあるでもなく、「どうもありがとう」と言うのがやっとだった。
その後も、彼が三毛猫に背を向けている時に限って的確なアドバイスがなされ、捜し物は首尾よく短時間で揃えられた。
彼の仕事が終ったと見るや、老猫はノソノソとどこかへ去って行ったそうだ。
「よくこんなに早く見つけられたな」
境内に戻ると、皆にそう言って褒められた。
聞くところによると、その時の彼は引きつったような顔をしていたらしい。
幟を組み立てながら、知り合いの氏子に三毛猫のことを聞いてみた。
「あのぉ、ここに昔から居る三毛猫のことなんですけど・・・」
言葉を喋るんですか、とはさすがに聞けず口籠もっていると、「ああ、雄なんだぜアイツ。三毛猫の雄なんてホント珍しいだろ」と。
そう言えば、確かに珍しい。
「あ、いや、僕が言いたいのはそういうことではなくてですね・・・」
そんな会話をしていると結局、彼がした珍体験の話はできなかった。
最近の彼は、件の三毛猫を見かけては話しかけるようにしているという。
しかし、残念ながらあれ以来、三毛猫は口を利いてはくれないそうだ。
「今度は煮干しを持って行って試してみる。宝クジの当たり番号でも教えてくれたらいいなぁ」
私は何となく、そんな不純な動機では三毛猫も会話してくれないのではないかと思ったが、口にするのは控えておいた。
※類似話|参考
猫が一生に一度だけ人の言葉を話す?
(終)