叱咤激励してくれる手紙
これは、友人の不思議な体験話。
彼は大学に入学してから念願の一人暮らしを始めたが、張り切っていたのは最初の頃だけで、すぐにダラけた生活を送るようになった。
昼過ぎに起きて、夕方までダラダラと過ごし、アルバイトに出かける。
深夜まで働き、バイト仲間と少し遊んで、明け方に帰宅する。
そしてまた昼過ぎに起きる。
本分であるはずの勉学が入る余地のない生活だったという。
当然、一回生にして留年が決定した。
実家にも留年通知は届いているはずだ。
さて、なんと親に言い訳しようか。
いっそのこと退学して働いてもいいかもしれない。
そう親不孝に考えながら、いつものように明け方に帰宅した時だった。
普段なら素通りのはずのアパートの集合ポストに、ふと目が止まった。
自分の部屋番号のポストから、何やら白い紙がはみ出ている。
抜き出すと、それは『一通の封書』だった。
差出人の名前はなかったが、彼は宛先の筆跡に目を留めた。
その達筆な筆文字は、亡くなった彼の祖父のものとよく似ていたのだ。
まさか、じいちゃんからじゃないよな?
冗談半分でそう思いながら、部屋に帰って封を開けてみた。
丁寧に三つ折りされた便箋を開くと、「おまえは、なんばしよっとかぁ!!」と、聞き覚えのある怒声が響き渡り、彼は腰を抜かした。
それは確かに、亡くなったはずの祖父の声、叱り方だった。
怒声は一度きりで、その後は何も起こらなかった。
恐る恐る便箋を見ると、そこには何も書かれていなかったという。
彼はその後、両親に頭を下げて学業を続けさせてもらった。
心を入れ替えて励み、学部を首席で卒業したという。
「今でも気が緩みそうになる時は、あの手紙を開くんだ。じいちゃんはちゃんと叱ってくれるよ。
ただ最近、力が弱くなったのかなぁ。その勢いも声も小さくなってね。開いたら音楽が鳴るクリスマスカード、あるだろ?あれが古くなった感じでね。笑えるよ」
笑える、と言いながらも、彼は少し寂しそうだった。
私は大人になっても叱ってくれる存在があることを、羨ましく思ったのだった。
(終)