いつもは真っ暗な場所に灯っていた炎
これは、奇妙な体験をした友人の話。
配達の仕事が終り、夜の山中を配送車で走っていた時のこと。
いつもは真っ暗な斜面に、灯りが揺れているのが見えた。
炎か?
そう遠くはない場所みたいだ。
藪中を歩いても、10分も掛かるまい。
消防団員でもある彼は、仕方なく待避所に車を停め、懐中電灯を手にして山に踏み込んだ。
近くまで寄ると、焚火の傍には小さな影がペタンと座り込んでいるのが見えた。
水色でシワだらけのパジャマ姿。
真っ白だが、所々に灰色が混じっている髪の毛。
虚ろで無表情な、萎(しな)びたかのようなお爺さんが一人。
「斉藤さん!?」※仮名
そこで膝を抱えていたのは、彼が先程まで訪れていた老人養護施設の入居者の一人だった。
時折会話しているだけの仲だが、見間違えることはない。
しかし、斉藤さんは車椅子を使わねば動けないはずだった。
何でこんな所に?
彼は「どうしたんですかっ!」と大声を上げて、肩に手を掛けようとした瞬間、老人の姿と焚火がパッと掻き消えた。
その瞬間、いきなり漆黒の闇に包まれて、彼は軽いパニックに陥ったという。
少し経って落ち着いてから、辺りを調べてみた。
しかし、誰かが居たという形跡も、火が焚かれたような痕跡も、何一つ残ってはいなかった。
慌てて引き返す。
車まで辿り着く道中が、ひどく心細かった。
後日、再び施設を訪れた際に斉藤さんと挨拶をしたのだが、あの夜のことについては聞けなかった。
山間にあるといっても、ちゃんとした施設である。
夜中に足の悪い老人が数キロも離れた山中に出て行けるとは、どうしても思えなかったのだ。
彼はそれからしばらくの間、件の斜面に灯る炎を何度か目撃した。
もう近寄るような真似はしなかったが・・・。
数ヶ月後、残念ながら斉藤さんは亡くなった。
すると、斜面の炎も見られなくなったという。
ただ、どうやら最近、またあの斜面に炎が灯るようになったらしい。
「また誰かが亡くなるのかなぁ」
どことなく寂しそうに、そう彼は呟いた。
(終)