ヤカンさんの屋敷に入ってしまったせいで
これは、仕事仲間の奇妙な体験話。
業務で山奥に入っていると、『大きな邸宅』に出くわした。
今風のデザインが、場所も相まってひどく違和感を感じさせたという。
門を開けて中を覗いたが、誰も居る気配がない。
インターホンを押しても反応がなく、かと言って押し入るのも躊躇われ、塀伝いにぐるり一周してみると、綺麗に手入れされた日本庭園があったらしい。
庭池の立派な錦鯉に感心していると、不意に誰かの視線を感じた。
辺りを窺っても自分の他には誰もおらず、気味が悪くなったので退散することにした。
次の日の朝、自宅で目を覚ました彼は、右腕に痛みを覚えた。
見れば手首から肘にかけて、皮が広く剥けて失くなっている。
滲んだ血が布団を汚していた。
居間に降りて手当てをしていると、事情を聞いた父がこう言った。
「ははぁお前、どうやらヤカン(野干)さんの屋敷に入ってしまったな。ヤカンさんていうのは狐の眷属(けんぞく)で、人の皮が大好物なんだと。
お前が無断侵入したものだから、その代償で腕の皮を取られたんだろう。それだけで済んで良かったな。聞いた話じゃヤカンさんって、稲荷さんよりかなり荒っぽいらしいから」
※野干(やかん)
漢訳仏典に登場する野獣。中国では狐に似た正体不明の獣とされるが、日本では狐の異名として用いられることが多い…(Wikipediaより)
※眷属(けんぞく)
親しく従う者、妻子や従僕をいう。
無断進入したつもりはないんだけどな・・・。
包帯を巻きながら、釈然としない思いに囚われたという。
(終)